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千見城(2) ~ 武田と村上の狭間で

 千見城の第2話です。

千見アク2
 この日は北尾根から御案内頂いたのですが、個人的趣味により西尾根を先に紹介させて頂きます。

 らんまるさんのお話ですと、千見城の水の手は西尾根北側の沢筋にあり、西尾根は水の手を守る為に普請されたということです。

IMG_2843_20131207082653590.jpg
 西尾根の基部に立ち、先端方向を撮影しました。

IMG_2841.jpg
 基部の背後はこのように断崖となっており、独立性の高い空間となっています。

千見城南面
 南方向から見たイメージ図です。先人の図面と自らのスケッチから起しました。

 正確さよりも「ぱっと見のわかりやすさ」を追及しています。ムードだけ感じて頂ければ幸いです。

*1548年、武田信玄は塩尻峠の戦いで小笠原長時を破ると、深志平への侵攻を開始しました。

 1550年には小笠原長時を駆逐し、安曇郡の仁科氏を配下としました。


IMG_2845.jpg
 尾根を先端に向けて進んでいきます。

*1552年には、武田勢が千見城を奪取します。千見城から見下ろす位置にある古山城に本拠を置く大日方氏の命運は風前の灯となりました。

IMG_2846.jpg
 「3」の先はがくんと落ち込んでいます。

*大日方氏内部は、村上派と武田派に分かれました。武田派が村上派を粛清し、信玄へ降伏を願い出たため、信玄はこれを受け入れました。

IMG_2847.jpg
 「4」は西尾根の先端となっています。

*川中島の後背地にあたる鬼無里を所有する大日方氏の寝返りに村上義清傘下の豪族たちは動揺しました。

 大日方氏が鬼無里へ武田勢を引き入れ、鬼無里から川中島北部へ進出したなら、村上一派は袋のネズミとなってしまうからです。

 村上傘下の豪族たちが、次々と信玄へ和を請うたため、村上義清は葛尾城を維持できなくなり、越後へと逃れました。1553年4月のことです。


IMG_2850.jpg
 「4」から城の中心部を見上げました。

 「千見城第3話・武田と上杉の狭間で」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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