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超図解鉢形城(9) ~ 秩父郭小口

 鉢形城の第9話です。

IMG_1431.jpg
 秩父郭の小口です。

 往時はここに門が設置されていたことでしょう。

*1512年、関東管領上杉顕実の居城「鉢形城」は、反乱軍に包囲されました。

 反乱軍は、山内上杉家の血を引く、上杉憲房を頂く勢力でした。


IMG_1432.jpg
 門を越えたあたりです。

*鉢形城は堅城ではありましたが、多勢に無勢で、形勢は苦しいものとなりました。

 顕実は古河公方の子でした。しかし、公方家は内紛中で、公方家からの援軍は来ません。


鉢形諏訪
 「秩父郭」は二段になっています。(上の段が秩父郭で、下の段が無名郭かもしれません)

 下の段を通過する攻城兵を、上の段から攻撃し続けようという、防御思想です。

*顕実は、降伏し、鉢形城を明け渡すと、実家の公方家へ逃げ帰りました。

 鉢形城の新しい主は、上杉憲房となりました。


IMG_1435.jpg
 二段になっていることが見て取れる写真です。

*上杉憲房には男子がいませんでした。

 そこで、古河公方足利高基の次男を養子に迎えました。


IMG_1433.jpg
 小口を「秩父郭」内から撮影しました。屈曲通路になっていることが見て取れます。

*その後・・・ 出来てしまったんですね・・・ 男の子が・・・ 憲房の嫡子が・・・

 家が乱れる、典型的なパターンですね。


IMG_1434.jpg
 上の段を守る塀と門が復元されています。

*1525年、山内上杉家当主、関東管領上杉憲房が病没しました。

 嫡子憲政は、未だ幼かった為、公方家からの養子の上杉憲寛が管領を継ぎ、鉢形城の主となりました。


r1417
 この「秩父郭」の脇から「大手口」へ道路が通っていますが・・・

 右手前が「秩父郭」で、左と奥が「大手口」・・これは往時の堀を埋めて作ったものです。

 見学時は、この道路を無いものと考えましょう。

 「鉢形城第10話・石積土塁」へ続く・・・

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