HOME   »  中世城郭  »  超図解鉢形城(2) ~ 弁天社の池

超図解鉢形城(2) ~ 弁天社の池

 鉢形城の第2話です。

IMG_1381_201309250904359d3.jpg
 「泉水口」には、現在道路が通っています。

*長尾景春に呼応する勢力の拠点は西関東に分散していました。

 太田道灌はそれらを各個撃破していきました。


IMG_1382_20130925090738880.jpg
 「泉水口」の枡形を形成する、張り出し土塁です。

 奥で左側に屈曲しています。下の図面と照らし合わせてご覧ください。

*やがて長尾景春に呼応する勢力はことごとく鎮圧され、景春の籠る鉢形城も太田道灌の手に落ちてしまいました。

 上杉顕定は、鉢形城に入り、関東管領の拠点としました。


鉢形逸見
 攻城兵が「泉水口」から侵入してきたり、「大光寺郭」を制圧したりして、先に進もうとすると、「弁天社の池」があり、攻城兵の行く手をはばみます。

*長尾景春の反乱を鎮圧する立役者となった太田道灌の声望は高まりました。

 同じ陣営に声望高い武将を持つことを誇りに思い、これを上手く使いこなそうとするのが名将であると思われますが、管領上杉顕定は名将ではありませんでした。


IMG_1383.jpg
 「泉水口」から「弁天社の池」を撮影しました。

 右側の木のラインが深沢川の断崖のラインです。

*狭量で嫉妬深く、悪知恵の働く上杉顕定は、太田道灌の声望に嫉妬し、なんとかこれを陥れようとしました。

r1384
 撮影の角度をずらしました。

*管領陣営には、顕定の山内上杉家と、他に扇谷上杉家がありました。

 太田道灌は、扇谷上杉家の家宰を務めていました。


IMG_1391_20130925093400857.jpg
 土塁沿いに東へ進んで、「弁天社」の写真をもう1枚。

 奥の「大手郭」のへりが2段になっているのが見て取れます。

*扇谷上杉家当主定正は、勇将ではありましたが、短慮な人間でした。

 悪知恵顕定は、そこに目を付けました。


IMG_1404_201309250938361bc.jpg
 「大手郭」から見下ろした「弁天社」です。

*山内顕定は、扇谷定正へ声をかけました。

 「太田道灌はいい気になっている。家臣の分をわきまえず勝手な行動も目立つ。そのうち反乱を起こすのではないか? 道灌がいなければ、両家は上手くいくのにね~」


IMG_1392.jpg
 「泉水口」から「弁天社の池」跡を突破して、「逸見郭」を目指しましたが・・・

 水田状になっており、突破を断念しました。

 「鉢形城第3話・大手口」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「埼玉の城」
スポンサーサイト
Comment
Re: 景春展
M様 御来訪ありがとうございます。

 鉢形城をじっくり見て回られましたか。私もじっくり見て回ったのは今回のレポート作成時が初めてでした。これまで見落としていたところが非常に多かったことに気が付きました。

 特に、大手から逸見郭、そして二郭馬出しへの縄張りが、なかなかであることは、今回、はじめて理解できました。

 「長尾景春展」があったのですね。今度、詳しくお話をお聞かせください。

 さて、景春さんは長期的視点や長期的戦略を持ち、何かを成し遂げたいと、そんなふうには思っていなかったのではないかなと個人的には感じています。

 ただただ、「自分が踏みつけられるのだけは、我慢できない。」

 それだけの理由だったのではないでしょうか?

 景春の一族郎党にとっては、景春は迷惑な存在だったかもしれませんね・・・
景春展
先日鉢形城資料館でやっている「長尾景春展」を見てきました。その際、ゆっくりと鉢形城も廻ってきました。何度も行っているのに、はじめて全体像が分った気がします。やはり、名城ですよね。今後のブログ楽しみにしてます。
でも、景春って結局何をやりたかったのでしょうね?

Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード