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長内館(4) ~ 挟撃の堀底道

 長内館の最終話です。

DSCF2085.jpg
 大手側に戻ってきました。

 「出郭」の基部から本郭方向に向かっています。

 左側が「E」の塁壁です。ここに木戸を設けていたことでしょう。

長内大手
 長内館の長内氏は安保系です。

 戦国時代後期鹿角郡は南部氏の支配を受けてしまいましたが、安保氏は秋田安東愛季を引き込み、一時は南部氏から鹿角軍を取り戻しました。

 長内館はその際の改修を受けているのではないかと感じています。

 南部氏は鹿角郡へ再侵攻し、安保氏は秋田安東愛季のもとへ身を寄せたとされています。


 安東氏の檜山城がある能代市で私は中学時代を過ごしましたが、同級生に安保さんが何名かいました。

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 左が「E」保塁、中央が堀、右が「二郭」です。

 ここにも木戸が設けられていたと思われます。

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 右が「本郭」の塁壁、奥が「二郭」の塁壁です。

 間の堀の雄大さを感じて頂けるでしょうか?

 この堀底に至った攻城兵は、左右からの挟撃にさらされることとなります。

DSCF2090.jpg
 「本郭」の塁壁です。「二郭」の小口側に突出している部分です。

 攻城兵が「二郭」の小口へ攻め登ると、「本郭」の突出部分から、射撃を受けることになります。

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 「本郭」への登り道がありました。行ってみましょう!

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 更に登っていきます。最近人が通った形跡はありません。

DSCF2096.jpg
 中腹から振り返ると「二郭」の塁壁が見事です。

DSCF2093.jpg
 もう、ひと登りです。

DSCF2094.jpg
 本郭に着きました。広いですね。

 数年前までは耕作されていた感じがします。地主さんの高齢化により、耕作放棄されてしまったのでしょうか?

 あと数年後には侵入不能の大藪となることでしょうね。

 私がこのタイミングで訪問できたのは、天のお導きでしょうか。


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