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花輪館(4) ~ 御館

 花輪館の最終回です。

DSCF2023.jpg
 花輪小学校です。夏休みですのでどなたもいらっしゃいませんでした。

 また、立ち入り禁止の表示等も見当たりませんでしたので、敷地内を見学させて頂きました。

DSCF2022.jpg
 二の丸の表示があります。

 江戸時代に「御館」に区切りを入れ、本丸と二の丸に分割したようです。

 代官屋敷が置かれたと書かれています。

花輪館

*戦国末期、津軽で、津軽為信が挙兵し、津軽を制圧しました。

 津軽にいた三戸南部の庶流大光寺氏は所領を失ってしまいました。


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 奥の方が高くなっていますね。本丸でしょうか?

*三戸南部は、花輪伯耆守親行を鹿角郡から追い出し、花輪館へ大光寺正親を配置しました。

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 グラウンドになっていました。

*1591年、九戸の乱に勝利した三戸南部は、在地勢力がもう抵抗しないようにと、城郭破却令を出しました。

 「館崩し」と言われるものです。この時、鹿角郡の城たちの土塁が崩され、枡形が埋められる等の処置がなされました。

 そのような中、花輪館は鹿角郡の南半分を治める拠点として定められ、破壊を免れたということです。


DSCF2038.jpg
 「南館」から見た「御館」です。迫力ありますね。

*大光氏の後には毛馬内氏が入りました。三戸南部の庶流ですね。

 そのあとには中野氏が入りました。九戸一族でありながら、九戸の乱では三戸へ味方し、九戸の名を捨てた家ですね。


r1910
 北方の「黒土館」から見た遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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