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柏崎館(1) ~ 慶長の築城

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成25年8月12日、柏崎館に行ってきました。

柏崎アク
 秋田県鹿角市十和田毛馬内柏崎にあります。

柏崎
 日本城郭体系掲載図面を参考に地形図へ落とし込みました。

DSCF1869.jpg
 現地解説版には「柏崎新城」と記されていますね。

 九戸の乱終結後間もない慶長12年(1608年)に、南部家当主南部利直が直々に縄張りをして、築城させたと記されています。

DSCF1870.jpg
 「三の丸」と城外を隔てる堀は完全に埋められています。

*日本城郭体系には築城の経緯「鹿角記」の記載が紹介されています。

 現代語に訳して、補足文を加えて、下記に記します。

 利直さんは、領地見聞の為この地を訪れ、当時の拠点であった当麻館に滞在した。(利直さんは、当麻館が北方の台地上から見下ろせる立地にあることから、防備に不安を感じた。)利直さんは代わりに城を取り立てる場所を探すため、近くを見て回った。そして「この場所が良いであろう」とおっしゃり、縄張りを指図し、築城を命じた。


DSCF1873.jpg
 二の丸と三の丸を隔てる堀の北側は残存しています。右が三の丸で左が二の丸です。

 この道は、登城のメインルートで「大手坂」と呼ばれていたそうです。

DSCF1872.jpg
 二の丸と三の丸を隔てる堀の南側は埋められてしまっていました。

DSCF1879.jpg
 二の丸には道路が貫通しています。

DSCF1876.jpg
 北側は原っぱになっており・・・

DSCF1877.jpg
 南側には「史跡毛馬内御蔵奉行所跡」の標柱です。

 江戸時代になると、城の数は制限された為、奉行所、代官所としての扱いに変わったのでしょう。

DSCF1878.jpg
 1683年には、年貢米倉庫があり、奉行所が置かれていたと記されています。

 「柏崎館第2話・本丸遺構良好残存」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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