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当麻館 ~ 「のぼう」の親戚

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成25年8月12日、当摩館に行ってきました。

 別名を毛馬内古館(けまないふるだて)といいます。

柏崎アク
 秋田県鹿角市十和田毛馬内の古館から前館にかけて存在していたのですが、現在は毛馬内運動公園となっています。

当摩
 日本城郭体系掲載図面を参考に、地形図へ往時の郭配置を落とし込みました。

 現在、本館の北の堀と南の堀は公園化により埋められています。

DSCF1859.jpg
 朝の4時30分ですから暗いですね。「本館」は野球場になっています。

*さて、「のぼうの城」という映画をご存知でしょうか?

 武蔵の国忍城を舞台にした合戦物語です。忍城の城主は成田氏です。


DSCF1862.jpg
 ここが「毛馬内運動公園」でることを表示しています。

*成田氏は、平安の頃より武蔵の国におりました。

 成田氏は、鎌倉幕府成立時、源頼朝による奥州征伐に従軍し、戦功としてこの鹿角郡を与えられたとされています。


DSCF1864.jpg
 「A郭」は駐車スペースになりました。

*鹿角郡に配置された成田家の分流は、各村へ更に分流を配し、分流はそれぞれ別の名乗りをいたしました。

 日本城郭体系には、「成田氏の惣領家毛馬内氏の居館であった。」と記されています。

 つまり、当摩館は、「のぼうの殿さま」の親戚の城にあたるわけです。


DSCF1863.jpg
 「前館」は芝生公園となっています。

*鹿角郡には尾去沢鉱山があり、尾去沢鉱山は奥州藤原三代を支えたとされ、豊かな土地でした。

 それ故、鹿角郡は常に周辺勢力の圧迫を受け、戦国時代には南部氏の支配を受けることとなりました。


DSCF1866.jpg
 「十和田中学校跡」の石碑です。

*昭和25年頃、中学校体育館建設の際、本館と前館の間から多くの古銭、焼米、人骨などが出土したそうです。

DSCF1865.jpg
 「毛馬内氏発祥の地」の石碑です。

「1536年、南部二十三世太守政康の五男信次、秀範、2000石を賜り、毛馬内性を名乗り、鹿角郡毛馬内庄を治める」と記されています。

*南部系毛馬内氏が発祥する300年以上前に、のぼうの親戚、成田系毛馬内氏がいたことが記載されていないことは、大変残念です。

 成田系毛馬内氏は所領を没収され、大館市や弘前市へ逃れたという伝承があります。


DSCF1867.jpg
 「前館」の南部には土塁があります。往時のものかどうかは・・・

DSCF1868.jpg
 土塁の南側はへこんでおり、その先に「B郭」があると思われましたが、藪であり、小雨も降っておりましたので、踏査を断念しました。

DSCF1858.jpg
 南からの、当麻館の遠景でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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