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護応土城(1) ~ 南朝土豪蜂起

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成25年7月27日、護応土城に行ってきました。
 静岡県榛原郡川根本町東藤川富士城にあります。

*この城の踏査レポートは当方が初であると思われます。

護応土アク
 新東名静岡インターからアクセスするのが近く見えますが、この道は狭く、ヘアピンカーブが延々と続くため、時間がかかり、疲れます。

 島田・金谷インターから大井川沿いに北上した方が、早く着くと思います。

*南北朝期駿河は今川の領国であり、今川氏は北朝に属していました。

 1352年、駿河の南朝方が一斉に蜂起しました。

 鴇(土岐)氏、藁科氏、狩野氏、長田氏などです。

 南朝方土豪は、奥駿河山中の徳山城を本拠とし、支城として護応土城、萩和田城を配置し、北朝方の来寇に備えました。

IMG_1089_20130801124551a67.jpg
 大井川本線千頭駅から、国道362号線を東へウネウネと登っていくと、「富士城」の表示がありますので。左折しましょう。

*日本城郭体系には、「現在、護応土城の場所は特定できていない」と記され、長らく謎の城でありました。

IMG_1032_201308011251133ca.jpg
 集落を過ぎたあたりに三差路があり、カーブミラーがあります。私はそのあたりにシビックハイブリッドを停めさせて頂きました。

*実は私、3年前にこの場所を踏査しました。

 郭っぽい場所はあるのですが、頂上部が曖昧な感じ・・・

 堀は見事にうねっているのですが、防御に役立つか疑問・・・

 4本ある尾根には、堀切等明確な遮断構造が無いといった理由で、城としてレポートすることはしませんでした。

IMG_1033_201308011252386c1.jpg
 駐車場所の向かい側が、護応土城の入り口です。

*その後、「静岡県埋蔵文化財包蔵地システム」と出会い、護応土城の場所を確認したところこの場所で間違いなかったので、再訪して、レポートアップすることにしました。

IMG_1034_201308011259186ff.jpg
 西側の斜面です。西斜面はほぼ自然地形です。

 一番奥の色が濃く若干盛り上がっている場所が「北西尾根」です。この尾根の普請量が凄いのです。

護応西
 北西尾根のイメージ図です。先人の図面が無いので、自分のスケッチをもとに描きました。

 スケッチをしている時、空が見る見る暗くなり、雷鳴が近づいていていたので、チキンハートの私はスケッチが雑になり、正確さには自信がありません。あくまでもイメージだけ感じてください。

IMG_1076_201308011449305dd.jpg
 「北西郭」です。郭名は勝手につけました。

 100名以上楽に駐屯できる広さがあります。

 「護応土城第2話・長いジグザグ堀」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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