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上野茶臼山城(4) ~ 戦国期折り坂小口

 茶臼山城の最終話です。

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 「東郭」です。現地表示は二郭になっていますね。この郭で、駐屯人数を稼げるようになっています。

*さて、戦国期に武田信玄が西上野を制圧すると、この地は前橋城を拠点に関東に覇を唱えようとする上杉謙信の勢力との境界として、常に緊張下に置かれました。

折坂
 全体の図面では、折坂小口が上手く描けませんでしたので、折坂小口だけの図面を追加しました。

 攻城兵が3回もの方向転換を強いられることが見て取れます。

*その頃、茶臼山城は在地衆の和田氏が守っていたと思われます。

052_20130715154506.jpg
 「本郭」への折り坂小口を登っています。

 図面「A」からの写真です。

 竪掘が食い込んで通路が屈曲しているのが見て取れます。

*当初、武田信玄は北条氏と連携して、上杉謙信に対抗していました。

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 更に登っていきます。図面「B」からの写真です。ここでも屈曲していますね。

*1568年に武田信玄が駿河に侵攻すると、北条氏は武田と断交し上杉謙信との和睦を目指しました。

059_20130715154935.jpg
 「本郭」に入って、小口を振り返りました。図面「C」からの写真です。

*この地は三者の接点にあり、それまでは武田&北条VS上杉であったものが、急に武田VS北条&上杉となったのですから、この地の武田勢の動揺は激しかったようです。

058_20130715155103.jpg
 「本郭」です。北から南側を撮影しました。

*在地衆の中には、上杉へ内通するものの出てきました。

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 「本郭」から「東郭」を見下ろしました。

*そこで武田家は、在地衆の引き締めを図るため、強固な防御拠点を確保するため、茶臼山城と山名城の間に、新たに根小屋城を築きました。

061_20130715155309.jpg
 茶臼山城から見た、根小屋城です。こちらから見えるということは、あちらからも見えるということです。

 茶臼山城の和田氏は、根小屋城の監視下に置かれたということですね。

*小規模ながら、技巧性のある縄張りが残存し、しかも、地元の皆様のご努力で、遺構が観察しやすい状態が維持されています。

 お勧めの城です。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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