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須沢城(2) ~ 諏訪勢参戦

 須沢城の第2話です。

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 善応寺の境内です。芝生公園になっています。

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 境内の東側はこの様な塁壁状になっています。

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 芝生公園の一角には「善応寺観音堂記」の石碑があり、ここが須沢城推定地であることと、その歴史が記されています。

*高師冬と、逸見孫六入道が須沢城に籠ったと知ると、上杉憲顕は兵を差し向けました。

 また、直義派の諏訪勢も駆けつけました。

 城攻めが開始されましたが、北と南を谷に守られ、東からの攻め口は細尾根である須沢城を攻めあぐねました。

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*攻城3日目、攻城兵は西側の山上へ回り込み、山上から攻め降りたため、守兵はひとたまりもなく、須沢城は落城し、高師冬は自刃して果てたということです。

 この鳥瞰イメージ図をご覧いただければ、西側から攻められたら弱いことがご理解いただけると思います。

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 境内には、「須沢城落城当時の城主某のご霊廟と伝えられる」塔があります。

 逸見孫六入道のご霊廟でしょうか?

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 実に立派な作りをしています。

*足利尊氏は、その後弟の直義を殺害し、直義派の上杉憲顕を追放しています。

 直義派に抵抗した須沢城主を手厚く葬る指示を出したのかもしれませんね。

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 善応寺から見下ろした、城内、東側です。

 次のレポートでは、善応寺背後の様子をお伝えします。

 「須沢城第3話・畑か?墓地か?城郭か?」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「山梨の城」
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