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三沢小屋(4) ~ 真田昌幸の支援

 三沢小屋の第4話です。

DSCF1753.jpg
 二郭から見た、西郭です。

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 西郭から見た本郭方面です。西郭の削平は曖昧です。この先が急激に落ち込んでいるので、あまり防御の必要がなかったのかもしれません。

三沢図
 北側の尾根から、岩壁を避けて、東側に迂回した攻城兵を待ち受けるのが、東郭、そして東郭と本郭の間の腰郭です。

*依田信蕃は、窮状を打開すべく、家康に提案をしました。「同じ武田遺臣の真田昌幸を徳川方に取り込んではいかがでしょう」

 徳川家康はこれに同意しました。

 依田信蕃が間に立ち、徳川家康と真田昌幸の交渉が進み、最終段階では真田昌幸自身が三沢小屋へ来訪し、会談を持ったという話もあります。

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 二つある腰郭の南側のものです。奥側の塁壁がせり出していて、奥の南側へ進みにくくしています。城を捨てて撤退する際に、攻城兵の追撃速度を低下させるために加工されたのだと思われます。

*真田昌幸は徳川に加担する条件として大幅な領地の加増を求めました。

 徳川が譲歩することにより、交渉はまとまりました。

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 腰郭から、東郭を見下ろしました。

*9月8日付で徳川家康が真田昌幸へ宛てた書状が残っています。

 (本領安堵に加え)上州長野一跡(箕輪領)、甲州において二千貫文、諏訪郡を与えるというものです。

DSCF1738.jpg
 東郭に降り立ちました。なかなかの面積があります。

*真田昌幸は、依田信蕃への食糧援助を開始し、依田信蕃はどうにか窮状を脱したのでした。

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 東郭の東下は、土橋状になっており、東から敵兵が攻め登ることにも配慮してあります。

 「三沢小屋第5話・乱の終結」へ続く・・・  

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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