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勝間田城(3) ~ 戦国期改修論争

 勝間田城の最終話です。

勝間田南
 南西方向からのイメージ図です。

*日本城郭体系において、小和田哲夫氏は勝間田城の成り立ちについて意見を記載されています。

084_20130323151606.jpg
 尾根筋Gのあたりです。

*「南側の郭群は、小郭によって構成される室町初期あるいは南北朝期にさかのぼると思われる古い城郭構造」である。

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 E郭の塁壁です。

*確かに狭い削平地を掘り切っただけの単純な造りです。塁壁の折りや横矢もありません。

087_20130323152218.jpg
 南郭からE郭を見ました。間に浅い堀があります。

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 南郭です。左奥に本郭の塁壁が見えます。

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 南郭と本郭の間の堀切です。

勝間田東
 今度は北東からのイメージ図です。

*三郭、二郭は広く、土塁があり、土塁には折りがつけられ、横矢が意識されている。小口も明確であることから戦国期、武田による改修がなされているのではないかと、小和田氏は記載されています。

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 C郭から見下ろした、二郭、三郭です。*確かに面積が違いますね。

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 Cから見上げたDの塁壁です。

*しかし、武田期の記録に勝間田城の名は出てきません。また、勝間田城は西方の展望がまったくきかないという弱点があります。

079_20130323154100.jpg
 B郭から見た、本郭の塁壁です。

*勝間田氏は、鎌倉幕府の滅亡前夜、幕府へ反旗を翻した楠勢を攻める為、西国へ遠征しています。勝間田氏が西国の縄張りを学習し、勝間田城へ取り入れたとしても不思議はありません。

080_20130323154541.jpg
 本郭です。

*勝間田城は、勝間田氏の没落時の姿をとどめていると考える研究者が最近増えてきているようです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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