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高天神城(6) ~ 降伏不能

 高天神城の第6話です。

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 井楼郭です。

*六砦の完成により、武田の援軍が高天神城を救うことも、高天神城兵が味方のいる駿河へ逃亡することも不可能になりました。

高天神西峰
 攻城兵をDへ至る土塁上で射撃することを防御思想としています。

 一方、井楼郭や堂ノ尾郭が陥落した際の被害を最小限に食い止める為、厳しく郭間を掘り切っています。

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 井楼郭と堂ノ尾郭を隔てる堀切です。平時は木橋をかけ、敵兵が迫ると木橋を取り去ったのだと思います。

*武田方は考えました。「約5年前、ここから北西に位置する二俣城は、城を明け渡すことにより、城兵は退散を許された。ここは高天神城を明け渡し、後日を期することとしよう。」

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 堂ノ尾郭は南へ向けて、下り傾斜となっています。写真奥に堀切が見えます。

*1581年1月、援軍の来ないことを悟った岡部元信は、徳川家康へ矢文を送り、降伏を申し出ました。

 本多隆成著「定本徳川家康」によると、武田方より提示された条件は、高天神城兵の助命と引き換えに滝堺城、小山城を譲渡するという破格のものであったそうです。

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 堂ノ尾郭とG郭を隔てる堀切です。

*徳川家康は上司の織田信長に相談します。

 織田信長は「武田勝頼が高天神城を見捨てたために、城兵は皆殺しの憂き目にあったと宣伝することとしよう。そうすれば武田家の崩壊は早まる。降伏を許すではない。」と命令し、家康はそれに従いました。

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 G郭には、袖クルワの表示があります。

*岡部元信と高天神城兵は、脱出することも、降伏することも不能となってしまったのでした。

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 二の丸です。左が西の丸の塁壁です。

「高天神城第7話・落城と武田家崩壊」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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