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高天神城(5) ~ 攻囲六砦完成

 高天神城の第5話です。

*長篠の戦いの翌年の1576年、武田勝頼は高天神城への補給を海路及び、海沿いの道にて実施すべく相良城を築城します。

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 高天神城から太平洋を眺めました。往時は海が平地に食い込んでいたそうです。

 武田水軍と徳川水軍のせめぎ合いが行われたことでしょう。

*同年と1579年、武田勝頼は自ら軍勢を率いて高天神城へ補給を行っています。

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 土塁が三差路となっているのが、Dの場所です。

*1580年、徳川家康は高天神城周辺を封鎖し、周囲に「六砦」と称される城砦を整備します。

高天神西峰
 Dから、E、F、Gと進むコースが、西峰最大のキルゾーンとなっています。

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 Dから南方向を撮影しました。左側がFの郭です。

*武田勝頼は北条家と敵対してしまったっため、兵力の分散が避けられず、援軍が出せない状況に陥ってしまいました。

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 二の丸西側の堀です。

*岡部元信とともに高天神城にいた武田家軍監横田甚五郎尹松(よこた・じんごろう・ただとし)は、六砦の完成を見た夏、武田勝頼へ書状をしたためています。

 「高天神城を救うことはもはや不可能です。よって援軍は不要です。城兵を救うことはあきらめてください」

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 DからEへの土橋です。正面の塁壁上からの攻撃にさらされます。塁壁と塁壁の間の堀底道を進んでもその先には何もありません。

*同年9月武田勝頼は甲府にて、重臣の会議を開きました。議題は高天神城への後詰についてです。

 軍議は「後詰はしない」ことに決してしまいました。

 長篠の再来を企図した罠であるから乗ってはいけないと重臣が諫言したとも言われています。

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 FからGへの小口です。右側の二の丸と、左側のGの二方向から挟撃に逢います。

 侵入路が屈曲し、常に二方向からの攻撃にさらされるこのあたりが西峰の心臓部ですね。

 「高天神城第6話・降伏不能」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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