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高天神城(4) ~ 豪将岡部元信入城

 高天神城の第4話です。

高天神東峰
 東峰のイメージ図です。

*小笠原信興は駿河へ配置替えとなりました。1578年頃のことであるとされています。

高天神城には、岡部元信が配置されました。

207.jpg
 的場郭の下にも一段、郭があります。

* 岡部元信は今川家の家臣でした。

 桶狭間の戦いの後、敗勢の今川軍の中で一人気を吐き、「主君今川義元の首を渡すなら撤退してやってもいいぞ」と織田信長に持ちかけ、首を持ちかえった豪の者です。

高天神西峰
 西峰のイメージ図です。

*岡部元信は、今川家の滅亡時に信玄の勧めに従い、武田の家臣となっていました。

211_20130310160833.jpg
 東峰と西峰の間には、搦め手道が伸びています。

*高天神城はこの時拡張の普請がなされました。現在の西峰部分です。

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 井戸郭には井戸があります。

*1575年、武田勝頼は長篠の戦いで、織田・徳川連合軍に大敗を喫し、遠河における武田の勢力は次第に追い詰められていきます。

223_20130310161448.jpg
 今度は西峰の一番北側に来ました。攻城兵の攻撃が一番激しい場所です。

 現在、井楼郭の北側に、写真のように小口があります。イメージ図にも書き込みました。

 しかし、往時はこの小口は無かったと推察します。攻城兵に北から西へと迂回を強要し、迂回の間、井楼郭と堂ノ尾郭から射撃を加える防御構想であったと思います。

*同年、高天神城より東方に位置し、東海道を制する諏訪原城が徳川の手に落ちます。

 岡部元信と高天神城は、徳川領の中に孤立することとなりました。

226.jpg
 その迂廻路です。Dへと続いています。

 「高天神城第5話・攻囲六砦完成」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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