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火ヶ峰砦(1) ~ 絶望を呼ぶ長塁

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成25年2月23日、お城仲間のMさんと火ヶ峰砦に行ってきました。
 静岡県掛川市下土方にあります。

火ヶ峰城域
 高天神城東方約2キロにあります。徳川家康が武田に取られた高天神城を奪回するために築いた六砦のひとつです。

 武田の援軍は東方から来ます。

 その東方を遮断し、援軍の接近を不可能たらしめるため、そして、高天神城兵の東方への脱出を不可能たらしめるための築城であり、その城域は、北西から南東にかけて約1.2キロにわたります。

177_20130224063140.jpg
 高天神城から眺めた、火ヶ峰砦です。左のピークから、右の端までが城域です。

 高天神城から、この火ヶ嶺砦の完成を確認した「武田家軍監横田甚五郎」は、自らの置かれた状況を冷静に分析し、主君勝頼へ書状をしたためました。

 「高天神城を救うことはもはや不可能です。よって援軍は不要です。城兵を救うことはあきらめてください」

 火ヶ峰砦は、「高天神城兵の絶望」を呼ぶ長塁だったのです。


119_20130312203217.jpg
 火ヶ峰砦のネット上の記事は、北西遺構と北部本郭遺構のみです。

 ヒネクレ者の私は南端から攻めてみました。火ヶ峰砦の南端を西から撮影しました。

132_20130312203854.jpg
 島津神社です。この裏山を直上すると、火ヶ峰砦南やぐら台へ到達できます。

135_20130313052800.jpg
 南やぐら台です。ただの何も無い山を城跡とでっちあげているほら吹きと誤解されそうで不安なのですが、静岡県総合基盤地理情報システムの表示によると、城域に入っていますし、やぐら台の東と南には明確な段築がありますので、是非とも現地でご確認ください。

火ヶ峰1
 南端を東側から見たイメージ図です。先人の図面がなかったので、自らのスケッチからおこしました。

 この砦の図説がネットに公開されるのは、当方が初であると思われます。

137_20130313054024.jpg
 南側側から、A保塁の手前の段差を撮影しました。

138_20130313054229.jpg
 A保塁です。左側に削り残し土塁があります。

 「火ヶ峰砦第2話・土橋連結式築城様式」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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Comment
横田甚五郎さんですが・・・
丸馬出様 ご来訪ありがとうございます。

 私は信玄ファンですが、最後は「自分がカリスマのまま死にたい」という想いが「自分なきあとの武田家を構築して権限移譲してくべきだ」という理性に、打ち勝ってしまったのではないかと感じます。
 勝頼さんも外交下手でしたね。
 さて、横田甚五郎さんですが、後に徳川家に仕えて、ちゃっかり旗本となっているんですよね。冷静な判断ができる人であったのですね。
武人とは悲しい物ですね
横田甚五郎さんの書状を読んで、当時の状況を思うと
悲しくなってしまいます。武田家の衰退した原因は
信玄さんの外交の失敗と、信玄さん亡き後、家臣をまとめるための膨張政策にあったと考えているのですが、歴史好きとしては有能な武将が消えていくのは悲しいですねえ。
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