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桐ノ木坂城(1) ~ 峠を押さえる複合要塞

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成25年2月9日、山城のお師匠武蔵富岡さんのご案内で桐ノ木坂城へ行ってきました。
 藪レンジャー余湖さん、ゴローさん、Mさんも一緒です。

桐ノ木坂アク
 群馬県甘楽郡下仁田町上小坂にあります。

 北東に杉ノ木峠があり、峠の交通を押さえる城であったと推察いたします。

桐ノ木坂配置
 「上城」「中城」「下城」「三丹生」からなる複合要塞です。

 地図には載っていませんが、西側から「下城」と「三丹生」の間へ登る道があります。

089_20130217091906.jpg
 西側から撮影しました。

092_20130217092247.jpg
 この道を登っていきます。

093_20130217092420.jpg
 下城に出ました。かなりの広さがあります。

125_20130217104956.jpg
 左が下城、中央が堀、右が「三丹生」です。

 先人の図面で「三丹生」は城域に入っていないのですが、地勢上何らかの普請があってしかるべきだと考え、踏査しましたところ、案の定・・・

126_20130217093225.jpg
 堀切から「三丹生」の中心部を見上げました。

 「桐ノ木坂城第2話・三丹生は原初本城域か?」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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Comment
そうなんですよ! 丸馬出さん!
丸馬出様 御来訪ありがとうございます。

 関東は、延々と戦乱です。
 私は戦国期武田・真田から歴史の世界に入りました。

 そして、関東の歴史に入ろうとすると・・・
 訳が判らない? 何でこんなことで? 誰と誰が組んだの?
 組んだと思ったら殺し合って、スグに和睦して、また殺し合って・・・

 それが延々と続くのです・・・

 公方と管領を分けた統治体制が未熟であったとしか言いようがありません。

 個人的には、足利尊氏に反逆した上杉氏を、足利尊氏の子基氏が管領として
招いたことが、混乱の元凶であったと感じています。


> 黒田さんの本が届いたので、読み始めたのですが
> 関東は戦乱に告ぐ戦乱だったのですね、
> 初めて知ったのでびっくりしました。
> 戦が多かった地域で、山が少ない平野部ですので
> 技巧的なお城が以外と多いのかもしれませんね。
本文とは関係ないのですが
黒田さんの本が届いたので、読み始めたのですが
関東は戦乱に告ぐ戦乱だったのですね、
初めて知ったのでびっくりしました。
戦が多かった地域で、山が少ない平野部ですので
技巧的なお城が以外と多いのかもしれませんね。
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