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小田野城(2) ~ 豊臣勢の来襲に備える

 小田野城の最終話です。

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 昭和45年に発掘調査が行われ、陶磁器類の破片・古銭・鉄砲の弾などが出土しました。
 このことから普請は戦国末期であると推定されました。

y小田野2
 東側から見たイメージ図です。小田野城の成り立ちを推測すると・・・

 戦国末期、北条氏は豊臣秀吉の来襲に備え国防に力を入れた。

 八王子城主北条氏照は、八王子城強化のため、街道を掌握出来る場所に位置する小田野氏の館を接収し、大規模な出城として普請を開始した。

 しかし、完成を見る前に豊臣勢が来襲した。

 北条氏照は八王子城、浄福寺新城、小田野城で抗戦しようと考えていたが、本家からは小田原城へ籠るようにとの命令が来た。

 仕方なしに、家臣を八王子城へ籠らせ、小田野城は放棄されたといった感じではなかったでしょうか。

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 写真は、やぐら台から見た浄福寺城です。

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 Fの郭です。奥にGの郭が見えます。

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 Eの郭です。右が本郭の塁壁です。

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 本郭は広大です。

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 やぐら台のアップです。

*豊臣軍の上杉景勝勢を相手に奮戦して落城したとの伝説も残っているようですが、関東中の小城に残っている伝説ですので、あやしいものです。

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 西側には幅の広い低地があり、この方面の守りは堅かったと思われます。

*小田野氏は後に徳川家康に仕えたようですので、小田原開城とともに投降したと考えるのが妥当ではないでしょうか。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東京の城」
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Comment
Re: 小田野まで!
リュウ様 御来訪ありがとうございます。

 八王子城に行かれましたか。深い藪をかき分けて進まれるとは・・・
 私と同病ですね。痛ましいことです。この病は進行性ですのでお気をつけあれ。
 八王子城は、広くて一日では見切れませんね。
 私は、どちらかというと「目立たぬ城に日を当てたい」派なので、
小田野城をレポートしてみました。
小田野まで!
私はこちらより、やはり八王子城に行ってしまいました。昨年会社の同僚を拉致りました。常駐のボランティアさんも聞いたことはあるが行ったことはないというルートを、深いヤブを掻き分け…でも物凄い景色(遺構)を見れました。ただ、あまりに範囲が広過ぎて、とても一日では回れず、こちらで小田野の雰囲気を見れて良かったです!感謝です!
雪融け情報ありがとうございます。
らんまる様 御来訪ありがとうございます。

 読み逃げは私もですので、お互いさまということで・・・

 私の場合は「毎日」にするため、薄くのばしているので
記事の密度に難が・・・

 さて、雪融け情報有難うございます。
 この時を待ち望んでおりました。

 佐久遠征へ向けて体調をどうにかしないと・・・
 今年は花粉の害毒が酷く、止まらぬ涙、止まらぬ鼻水、全身の
かゆみと、全身の肌荒れ、微熱、鼻づまりによる睡眠不足で意識
朦朧、思考力低下、無気力とイライラの波状攻撃に見舞われてお
ります。
毎日更新するとは素晴らしい
諸城攻略お疲れ様です。

コメントも入れずに毎日読み逃げしております。平にご容赦願います・・・(笑)
毎日掲載してこそブログですよね(汗)

信州の短い山城シーズンもいよいよラスト一ヶ月かと。
佐久も雪が溶けてイイ感じですよ。
M様と是非お出掛け下さいませ~。
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