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磯部城(1) ~ 安中領侵攻前線基地

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成25年1月12日、お城仲間のMさんと磯部城に行ってきました。

a八幡平アク

 群馬県安中市東上磯部、信越本線磯部駅東方約700メートルにあります。

*1561年、武田信玄は国峯城を奪取し、群馬県南部鏑川流域を領国に加えました。

 そして、碓氷川を隔てて、上杉謙信派の安中氏と対立しました。この時に武田勢が安中領攻略の最前線として築いたのが磯部城であると考えられています。

 安中氏としては、磯部城を攻略し、武田の意図をくじきたいところです。

 安中氏の立場に立って、磯部城の攻略方法を考えてみました。

x001_20130120075937.jpg

 安中氏の領国側から見たラフ図です。

 磯部城の北西側は急な斜面となっており、取りつくと多大の被害が予想されます。さほど比高差が無い東側から攻めよせるのが、無難でしょう。

 しかし、武田側もそのことは予想して、西側の「いこいの広場」山にも兵を置いたはずです。

 安中勢が、「いこいの広場」山と磯部城の間の谷に侵入してくれば、挟撃、殲滅出来ます。

 安中勢は、それを避ける為、まず、「いこいの広場」山の北側の斜面に取りつき、「いこいの広場」山の奪取を試みるでしょう。

 「いこいの広場」山北の斜面に配置された「あ」と「い」の郭は、安中勢の攻撃に備えたものであると想像いたします。

GEDC1192.jpg
 いこいの広場です。

GEDC1191_20130120080925.jpg
 上の看板を背に西側を撮影しました。軍勢が駐屯できる広さがあります。

GEDC1196.jpg
 「あ」の郭です。右奥が「い」の郭です。

GEDC1197.jpg
 「い」の郭です。こちらは広いです。

 (近世に畑として開墾された跡の可能性も否定できません。)

GEDC1200.jpg
 「い」の郭から、南西方向を撮影しました。「いこいの広場」のあずま屋が遠望できです。

 「磯部城第2話・東方塁壁」へ続く・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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Comment
評価を頂き感激です!
丸馬出様 御来訪ありがとうございます。

 磯部城は以前から私のわだかまりのある城の一つでした。

<わだかまり1>
 「現地掲載縄張り図&日本城郭体系縄張り図」と、現況に差異がある。

 昔はスケッチ程度で縄張り図を作成していたことと思います。
 私も頻繁にありますが・・・ 城は攻城側に方向感覚を失わせるトリックが
仕込んでありますので、スケッチだけでは正確なものとならない場合が少なく
ありません。
 今回は、詳細地形図と、航空写真を活用してイメージ図を作成しました。
 二郭とその周辺の形状はやはり、先人の図面に誤りがあり、私が訂正できた
と思います。

<わだかまり2>
 北の安中氏へ備える城なのに、南側からの攻防の分析しかされていない。

 今回のレポートはこのわだかまりを解消出来たと勝手に自負しています。
 東側に隣接する「文殊寺」の砦の存在が最終的なカギを握ることとなりま
す。
 城好きは少なく・・・ 縄張りオタクは更に少ない・・・

 縄張りと攻防について意見を交わすことが出来るのは至上の喜びです。

 少々酔っていますので、これくらいにしておきますね。

 引き続きの御来訪、お待ち申し上げております。
斬新ですねえ
攻城側からの縄張図や俯瞰図は
斬新です。目からうろこでした。
そうでないと、縄張りも理解できませんし。
そんなわけで
今後の記事が楽しみでなりません。
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