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猪俣城(4) ~ 土橋と堀切

 猪俣城の第4話です。

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 二郭に入って「小口2」を撮影しました。

*1487年には長享の乱が勃発し、関東管領山内上杉氏と、扇谷上杉氏が抗争を開始しました。この頃管領家は本拠を上州平井から、武州鉢形へと移していました。

 猪俣城は鉢形城の支城として、上州とのつなぎとして、重要視されたのではないでしょうか。

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 西側から見たイメージ図です。

*扇谷上杉勢は鉢形城を落そうと攻めよせ、管領軍は迎撃しましたが、鉢形城南東約10キロの須賀谷原や高見原で管領軍は大敗を重ねてしまいます。本拠鉢形城は危機的状況が続きました。

 その頃、猪俣城は常に臨戦状態を整えていたと思われます。

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 二郭から、南堀切を見おろしました。

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 二郭の南端から、二郭を撮影しました。左下のへこみは小口2です。

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 二郭から、本郭方向を撮影しました。堀切と土橋があります。藪でわかりにくかったので、白線で示しました。

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 堀切の底に降り立ち、土橋を撮影しました。

*こまごまとした技巧性のあるパーツはちりばめられているのですが、堀幅はさほどではなく、室町期の遺構であると推察いたします。

GEDC1070_20130119070941.jpg
 本郭から、二郭を撮影しました。この写真だと土橋と堀切が良く見てとれますね。

 「猪俣城第5話・本郭と円状の窪み」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「埼玉の城」
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