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猪俣館 ~ 武蔵七党猪俣党

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成25年1月1日、お城仲間のMさんと猪俣館に行ってきました。
 埼玉県児玉郡美里町大字猪俣にあります。

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 猪俣館は、猪俣氏の居館です。
 猪間氏は、武蔵七党の一つ、猪俣党の頭領家でした。

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 二つの小川に囲まれた地にあり、小川を天然の堀としていたようです。

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 東側の小川です。左側が居館です。防御に充分な深さがありますね。

 平安末に猪俣家当主であった猪俣範綱は、源頼朝に仕え、平家追討に従軍し、一ノ谷合戦、壇ノ浦合戦で戦功をあげたということです。

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 猪俣範綱の墓は高台院の下にあります。写真の上が高台院です。ここを登らずに手前左の道を10メートルほど進むと右側にあります。

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 解説版です。

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 猪俣範綱のお墓です。

 猪俣範綱の死後、その霊を祀る為、毎年108のあかりをともす「猪俣百八燈」の行事が始まったということです。

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 「猪俣百八燈」は猪俣範綱の墓から見える位置にあります。

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 遠くから眺めるだけではさびしいので、百八燈まで行ってみました。

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 この盛り上がりの上に火をともすそうです。

 室町時代、関東管領の下で同族の藤田氏が重く用いられるようになると、猪俣氏はその傘下的な位置づけとなったようです。

 戦国時代小田原北条氏が台頭すると藤田氏はこれに従い、猪俣氏も行動を共にしました。

 北条氏康は、息子の北条氏邦を藤田家の養子として配置しました。北条氏邦は側近の富永助盛を猪俣家の養子として送り込み、助盛は猪俣邦憲を名乗りました。

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 織田信長が本能寺の変で倒れると、信濃は無主の地となり、北条氏は領土拡大を目指し、信濃へ入ります。猪俣邦憲は信濃侵攻戦に従軍し、佐久内山城を守備しました。しかし、北条氏直は信濃を徳川領とする条件で、徳川家康と和睦を結んだため、猪俣邦憲は帰国しました。

 猪俣邦憲が佐久から持ち帰ったとされる鰐口が正円寺に保管されているということです。

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 この手のワビシイ看板・・・ 好きです・・・

 その後、猪俣邦憲は箕輪城代に任じられ、上州へ赴任しました。

 1589年、豊臣秀吉の裁定により沼田城が北条家へ引き渡されると、猪俣邦憲は沼田城代となりました。

 この時、猪俣邦憲が真田の名胡桃城を攻め取ってしまったことが、北条家滅亡の契機となったとされていますが、諸説あり、真相は定かではありません。

 いずれにせよ、翌年の北条家没落に伴い、猪俣一族は帰農したものと思われます。

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 百八燈から見た、猪俣郷の風景でお別れです。

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Comment
あの猪俣さんです!
らんまる様 御来訪ありがとうございます。

 私も今回、猪俣を訪問して猪俣さんいついて勉強しました。
 煩悩は百八もあるのですよね。
 私は城への煩悩ばかりが肥大して・・・
 現時点で、レポート発信の予約記事は4月まで到達してしまいました。
 除夜の鐘でもこの煩悩は消せそうにありません。
 今週末は、家康が高天神城を攻める為に構えた6つの付城を踏査する予定です。
 徳川流築城術がどのようなものか楽しみです。
 3月には南佐久へ・・・雪が消えていると良いのですが・・・
あの猪俣さんですか
なかなか奇特な場所と風景ですね。
百八とはやはり煩悩を表す数なのでしょうか。

名胡桃城を奪取した猪俣さんについて勉強になりました。
身内の粗相では言い訳も出来ないのに北条さんは言い訳しちゃったんですね(笑)

元旦から攻めているとは恐れ入ります。
そのうち二年参りの攻城戦になるのでしょうか・・・(汗)
御来訪ありがとうございます。
でいびす様 御来訪ありがとうございます。

 虚空蔵ツアーではご一緒頂きありがとうございました。

 あのときも猪俣のお話をさせて頂きましたね。
 アップまでタイムラグがあり申し訳ありませんでした。

 百八燈に参加されたのですね。火の場所は高い場所にあり、また、
数も多いので、幼い身には恐怖があったことでしょう。

 明日からは猪俣城のレポートです。満足頂けるレポートとなれば
良いのですが・・・
こんにちは、ご無沙汰しております。
猪俣は、父親の実家なのでなつかしいです。
でも、猪俣氏の館跡は行ったことがありませんでした。
近くにいたのに。。。惜しいことをしたな。
猪俣の百八燈は小学生の頃参加したことがあります、
このお祭りは小学生が主体となって行うので参加したのです
が、猪俣氏の墓所でも篝火を焚くので怖かった思い出しか
有りませんが懐かしいです。
同時に行う花火大会の花火は叔父が上げていました。
現在は子供が不足しているようでどうにか残して欲しいものです。館・城ともども。。。
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