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小諸城(2) ~ 木橋の先に塁壁

 小諸城の最終話です。

GEDC0442_20121028095458.jpg
 「南丸」の塁壁が屈曲している個所です。

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 上の写真の屈曲により「C」の枡形的空間が形成されています。

GEDC0445.jpg
 「C」の空間にたたずむ「同行のMさん」を、「南丸」から撮影しました。

GEDC0447.jpg
 「C」の西側は深い堀で遮断され、木橋がかけられています。その先には小空間があり、小空間の背後には塁壁があります。武田系の縄張りに良く見られる構成ですね。

 この部分は武田期を踏襲しているのではないかと感じました。

*武田滅亡後は、織田、北条、徳川と支配者が換わり、仙石秀久の時代に現在の石垣が積まれたということです。

GEDC0451.jpg
 木橋を渡って、小空間を左へ進むと本丸の小口があります。

*仙石秀久と言えば、秀吉の九州征伐の際、「島津の釣り野伏せり」にひっかって大敗した挙句、友軍を見捨てて遁走した人ですね。

GEDC0453.jpg
 本丸南側の塁壁上に登ってみました。左側が「馬場」です。

*仙石秀久は失態を咎められ所領を没収されましたが、小田原の役で軍功を挙げて、大名に復帰したんですよね。

GEDC0457.jpg
 石垣マニアの皆さまの為に、塁壁を降りて、石垣を見上げました。

GEDC0460.jpg
 イメージ図「E」天守台の石垣です。

*仙石氏の後は松平氏、青山氏、酒井氏などが入城し、牧野氏の代で幕末を迎えました。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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