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小諸城(1) ~ 伏兵出撃多重構造

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成24年10月6日、お城仲間のMさんと小諸城に行ってまいりました。

a小諸城アク

 長野県小諸市にあります。

GEDC0430.jpg

 小諸駅前にある観光名所ですから迷うことは無いはずです。

*この地には平安の頃より、滋野一族の小室氏がありました。この地が小諸と呼ばれるのは、「こむろ」が「こもろ」に訛ったのではないかと言われているそうです。

 南北朝時代に小室氏は南朝について没落し、代わりに北朝についた大井氏がこの地を治めました。その頃、小諸城の前進となる鍋蓋城が隣接して北方にあったそうです。

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 上の写真は「三の門」です。

*戦国時代になり武田信玄が侵攻すると小諸はその支配下に組み込まれ、領国支配の拠点として、武田氏による本格的な小諸城築城が行われたようです。

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 「三の門」の脇には、橋頭保的な「A」の郭があります。

 これが山中であれば、よじ登るのですが、人通りが気になってやめておきました。

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 南から見たイメージ図を作成しました。古図面と古い地形図からおこしましたので現状と異なる部分もあります。

 「歴史群像」によると、武田期の小諸城は、西側を千曲川の断崖に守られ、北と南を浸食谷に守れていたそうです。

 そして、浸食谷と浸食谷に挟まれた細長い部分を伏兵出撃路として活用したのではないかと言うことです。

 「三の門」に寄せた攻城兵は「A」の郭から石を投げ落とされ、ひるんだときに「1」と「2」から伏兵が迫ります。

 攻城兵が「三の門」を突破しても「ニノ丸」と「南ノ丸」二方向からの射撃にサラサレ、更に「3」から伏兵が迫ります。

 堅固な構えですね。

GEDC0433_20121028092942.jpg
 「三の門」を通り過ぎて、「ニノ丸」の塁壁を見上げました。

GEDC0437_20121028093308.jpg
 正面が「南ノ丸」、右側が「ニノ丸」です。二方向からの攻撃を可能とし、更に屈曲を加えています。

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 北側から見たイメージ図です。古図面から起こしていますので現状と異なる部分があります。

 上の写真の挟撃屈曲通路を過ぎると「B」の枡形的空間に入ります。

 「二ノ丸」「南ノ丸」「北ノ丸」の三方向からの攻撃にさらされるキルゾーンです。

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 「B」の空間から見た「ニノ丸」の小口です。

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 「B」の空間から見た「南ノ丸」の塁壁です。右側が「北ノ丸」です。

 「小諸城第2話・木橋の先に塁壁」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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Comment
Re: 信濃先方衆のおちこぼれ
丸馬出様 明けましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いいたします。

 記事更新頑張ります!
Re: 謹賀新年
成田様 明けましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いいたします。
信濃先方衆のおちこぼれ
慣れ親しんだ小諸城ですが
多重の伏兵出撃路を持っていたんですねえ

武蔵様、本年も楽しい記事を楽しみにしております。
宜しくお願い致します
謹賀新年
武蔵の五遁様
新年明けましておめでとう御座います。

年々遠征が減って地元中心になっていますが、
いい一枚が撮れるよう頑張って参りますので、
本年も宜しくお願い致します!
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