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信濃丸子城(2) ~ 真田昌幸配下へ

 丸子城の第2話です。

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 二ノ丸の展望台を見上げました。この展望台の設置により、遺構が大分破壊されているようでした。

*戦国時代、武田信玄がこの地へ侵攻すると、武田配下の城となりました。

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 イメージ図を作成しました。現地掲載図面と、長野の中世城館跡掲載図面を参考に起こしました。

*天正10年、武田家が滅亡すると織田家配下の城となり、本能寺の変で織田家が撤退すると北条家配下の城となりました。

GEDC0399.jpg
 二ノ丸背後の削平地を撮影しました。

*真田昌幸も織田に続いて、北条に忍従しましたが、「味方になれば領地を沢山与える」という徳川家康の誘いに乗り、徳川の配下となりました。

GEDC0398.jpg
 二ノ丸から見上げた本丸です。

*真田昌幸は、既に徳川配下となっていた春日城の依田信蕃との連携を確保するため、双方の勢力圏の間に位置していた丸子城を攻め、これを屈服せしめました。

 丸子城は真田昌幸配下の城となりました。

GEDC0406.jpg
 本丸の手前には明確な塁壁が2つあります。これはひとつ目です。

 遊歩道は後付けでしょう。往時は右側の塁壁を登らなければならなかったと思われます。

*真田昌幸と依田信蕃は、連携して信濃への入口「碓氷峠」を封鎖し、北条軍の補給路を遮断することに成功しました。

GEDC0407_20121020121155.jpg
 二つ目の塁壁です。

*補給路を断たれた北条軍は既に確保した信濃の領地を放棄するという、不利な条件で和議に応じて撤退します。

 真田昌幸の活躍で、徳川家康は信濃の大半を手に入れることが出来ました。

GEDC0408.jpg
 「A」の郭です。この脇に二重の竪掘りがあるのですが、藪で良い写真が撮れませんでした。

*真田昌幸は恩賞として新たな領地を与えられると期待したのですが・・・

 「丸子城第3話・徳川勢襲来」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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Comment
Re: 小生のサボりの名所旧跡へようこそ
らんまる様 御来訪ありがとうございます。

 外回りに休憩は欠かせませんね。

 丸子城の道がガチガチにかたまっているのは、ランニングコースとして
踏み固められているからなのですね。

 そうですか・・・ 恋をハグクムニモあの急な細尾根を登らなくてはな
らないのですか・・・ 信濃の皆さまの根性はスゴイデスネ!

 城造りにも根性があらわれていますものね・・・

 何故、こんな高い場所に・・・ 何故、これほどまでに堀切を・・・

 天正壬午で信濃入りした関東勢はあっけにとられ、ビビったと思いま
す。

 では・・

> 丸子公園の駐車場は、営業で外回りしてる時の憩いの場でございます(笑)
> 結構しっかりした遺構が残っているのですが、城跡目当てで登る人は少なくて、近くの高校の野球部のトレイルランニングコースになってます。アベックのエスケープコースにもなっているみたいですが・・(汗)
> 続きのお話を期待しております。
小生のサボりの名所旧跡へようこそ
丸子公園の駐車場は、営業で外回りしてる時の憩いの場でございます(笑)
結構しっかりした遺構が残っているのですが、城跡目当てで登る人は少なくて、近くの高校の野球部のトレイルランニングコースになってます。アベックのエスケープコースにもなっているみたいですが・・(汗)
続きのお話を期待しております。
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