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布引観音(2) ~ 楽厳寺雅方抗戦

 布引観音の第2話です。

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 岩小口は更に続きます。

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 釈尊寺に着きました。

 背後の谷を併せると、2~300人は楽に宿営できるスペースがあります。

 ここに楽厳寺雅方率いる僧兵たちが集結していたことと思われます。

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 釈尊寺から見た千曲川方面です。

 左側の赤い建物が布引き観音で、その背後の山に詰城の本郭があります。

 写真でおわかりになりますように、釈尊寺は要害の地ではありますが、周囲への展望がまったくききません。これでは敵の接近に備えることは不可能です。

 そこで北、東、南方面に見晴らしが利く場所に詰城を設けたのだと思われます。

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 布引観音のアップです。

 武田勢の来襲を受けての防戦は、詰城で行われたのではないでしょうか。

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 布引観音への道にはこんな場所もあります。

 これが往時のものであるとしたら、大変効果的な防御設備ですね。

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 布引観音から見た釈尊寺の屋根です。断崖に囲まれた要害地形であることが判ります。

 背後の台地のへりに楽厳寺城があります。

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 昭和11年、国宝に指定されましたが、現在は重要文化財に格下げされてしまったとのことです。

 風雪による傷みが激しくなってきたからでしょうか?

GEDC0269.jpg
 このあたりの傷みが最も激しいようです。

 写真に写すのを忘れてしまいましたが、「拝観は自己責任で!」と看板による警告がなされていました。

GEDC0270.jpg
 くされかけた板の下は・・・

 私の様なメタボおじさんはけっして、ここを踏んではいけません。

 布引観音が僧兵の重要拠点であったとする推察を披露し、その背後の詰城であろう遺構群紹介の前振りを企図したのに、おちゃらけた中締めとしてしまった自分って? まあいいか?

*詰城については、2日後にレポートいたします。

 詰城のレポートは真面目にいたします。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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