FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  金沢柵(4) ~ 室町期の使用

金沢柵(4) ~ 室町期の使用

 金沢柵の第4話です。

p014.jpg
 第4話は、本丸から図の手前に伸びている細尾根の遺構を解説します。

GEDC3455.jpg
 上下左右する細尾根に堀切が幾重にもうがだれています。

*「日本城郭体系」によりますと室町時代の1448年~1470年の22年間、南部家の家臣金沢右京亮が居城したと記されています。

GEDC3456.jpg
 これも堀切です。

*「武家家伝」によりますと、1432年に南部氏が秋田県に進出し、秋田氏を破り、小野寺氏を従えた。

 この地仙北には南部三郎が配され、南部三郎は金沢城に拠り金沢右京亮を名乗ったと記されています。

 年代に若干のずれがありますが、室町期に南部氏が金沢城を活用したことは確実の様です。

GEDC3457.jpg
 先の写真より、本丸寄りの堀切です。

*「武家家伝」によりますと、1468年、秋田氏と小野寺氏の攻勢により、南部家は仙北支配を断念して撤退したとのことです。

GEDC3458.jpg
 「C」の段を見上げています。右側に土塁があります。奥が本丸の塁壁です。

*「日本城郭体系」によりますと、その後は小野寺氏家臣金沢権十郎が居城したとのことです。

GEDC3459.jpg
 「C」の段に入りました。細尾根からの攻城兵と、北の丸から迂回してきた攻城兵とをせき止める役割を持っていたと思われます。

 「金沢柵第5話・五連堀切」へ続く

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
スポンサーサイト



Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード