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金沢柵(3) ~ 炎上脱出

 金沢柵の第3話です。

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 北の丸へ向かいます。左側が二の丸の塁壁で、右側が兵糧郭です。

*攻城兵へ大きな損害を与え、城内の士気は上がりました。しかし、攻囲軍が柵を構え、ひたすら包囲する兵糧攻めに転じるとムードは変わりました。

 城内には兵士だけではなく、その家族も籠っていたため、2カ月経つと、城内は食料に困窮しだしました。

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 北東方向から見たイメージ図です。

*清原家衡城は考えました。「城外へ討って出ようにも兵力は攻囲軍の方が勝っている。降参しても殺されるに決まっている。このままでは飢え死にだ。」

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 左が二ノ丸の塁壁で、右側が北ノ丸の土塁です。

*11月14日、家衡は、下人の服装に身をやつし、城に火を放つとその混乱に乗じ、城を脱出しました。

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 北ノ丸です。

*家衡は再起を期すため、身を隠していましたが、12月には発見され、斬首されてしまいました。

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 北ノ丸の北東方向には何段かの郭が続いています。

*勝利した清原清衡はもともと、平姓藤原氏を母に持ち、清原氏の血を引いていなかったので、これを機に藤原へと名乗りを変え、奥州藤原氏100年の繁栄の礎を築いたのでした。

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 北の丸から兵糧郭へ戻っていきます。

 正面の土塁越しに兵糧郭からの攻撃にさらされる上、右上のニノ丸から石を投げつけられる構造です。

*一方、清原氏は家衡の死により滅亡となりました。前九年の役での安部氏の滅亡に続き、東北の人たちが、中央の人たちに虐げられる歴史が繰り返されたのでした。

 「金沢柵第4話・室町期の使用」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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