FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  金沢柵(2) ~ 兵糧攻め

金沢柵(2) ~ 兵糧攻め

 金沢柵の第2話です。

GEDC3434.jpg
 一旦、駐車場に戻り、三ノ丸への道を進みます。右側が二の丸の塁壁です。

*沼柵で源義家と清原清衡を撃退した清原家衡は、ここ金沢柵に移りました。

 塁壁を鋭くし、兵糧蔵を増設する等の対応がなされたと思われます。

p013.jpg
*清原家衡は、万全の対策をして敵の来訪に備えましたが、雪が溶けても、敵は来ません。

GEDC3440.jpg
 進んだ道を振りかえりました。今度は左側が二の丸の塁壁です。

*夏になっても敵は来ません。

GEDC3435.jpg
 三ノ丸です。

*前年、寒さと食糧不足で撤退を余儀なくされた源義家と清原清衡は、充分な防寒装備と兵糧を用意する為に時間をかけていたのでした。

GEDC3436.jpg
 三の丸から見た、二ノ丸下の段の塁壁です。

GEDC3437.jpg
 二ノ丸へ登っていきます。

*源義家と清原清衡が金沢柵へやってきたのは、秋の風が吹き始めた9月のことでした。

GEDC3438.jpg
 二ノ丸です。奥が一段高くなっています。

*源義家と清原清衡は攻撃を仕掛けましたが、金沢柵はびくともせず、源義家と清原清衡の軍勢の損害は増すばかりでした。

 源義家と清原清衡は強攻は無理であると判断し、兵糧攻めへと方針を定めました。

 「金沢柵第3話・炎上と脱出」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
スポンサーサイト



Comment
Re: 城ですね
丸馬出し様御来訪ありがとうございます。

 この城についてはレポートの後半に解説させて
頂くのですが、佐竹氏の秋田入府以降も使用され
ていたとのことですから、バリバリの戦国城郭で
すね。

> 柵という名前ですとバカにしてしまいがちですが
> 縄張り図を拝見すると堅固なお城ですね。
> 中世末期まで使われたような印象を受けますが
> どう思われますか?
城ですね
柵という名前ですとバカにしてしまいがちですが
縄張り図を拝見すると堅固なお城ですね。
中世末期まで使われたような印象を受けますが
どう思われますか?
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード