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横手城(1) ~ 小野寺氏居城

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成24年8月13日、横手城に行ってまいりました。

p011.jpg
 秋田県横手市城山町にあります。
 横手駅北東約1キロに横手城址公園として整備されています。

GEDC3408.jpg
 いきなり馬出しの写真です。

*一説によると小野寺氏の分流が、1300年に築いたということです。

 小野寺氏は、1577年に本拠を、沼館城からこの横手城へ移しています。

p012.jpg
 真面目にスケッチしたイメージ図です。上の写真は左側のものですね。

 東北の城にあまり技巧性は無いと思い込んでいましたが、馬出しに見えます。

GEDC3409.jpg
 馬出しから見上げた塁壁です。

GEDC3410.jpg
 小口ですね。馬出しの中央からつながっています。

 馬出しからの小口の背後には塁壁があり、上方からの射撃の制圧下にある・・・・

 武田系の技術が流れ流れて引き継がれているのでしょうか?

GEDC3412.jpg
 東丸を見おろしました。

GEDC3415.jpg
 二ノ丸の腰郭は、駐車場になっています。左側が二ノ丸の塁壁ですね。

GEDC3414.jpg
 本丸と中丸の間の小口です。

 「横手城第2話・戊辰戦争で落城」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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Comment
Re: 真田昌幸・信之
室賀様 御来訪ありがとうございます。

 最近は突然公私とも忙しくなり、先週末は城に行けませんでした。

 歴史街道は拝読していませんが

 鎌原氏は幸隆公流浪の時代から、真田家に協力的であったので、重用されたことと思います。

 鈴木氏は、身を挺して名胡桃城事件を演出し、北条没落、秀吉の天下決定、真田の手柄へと
導いたとの説がありますので、これまた重用されてしかるべきですね。

 矢沢頼綱さんは、沼田城にあって、北条の万の大軍を、城兵数百で撃退し続けた・・・

 籠城の神にして、真田家存続の柱石でありますから、筆頭家老の立場は当然の処遇と言えま
しょう。

 室賀家に関しては未だ不勉強で申し訳なく・・・

 これから追い追い・・・

> お世話様です。昨日の土日もどこかに行かれたのでしょうね。
> 最新刊歴史街道の「真田昌幸・信之」は大変良かったですね!松代の真田信之系の譜代に「浅間山麓の鎌原氏、名胡桃城主の鈴木氏の末裔」がいたのは意外でした。
> 真田昌幸に滅ぼされた我が先祖の「室賀峠出身の室賀信俊系の室賀氏」はいませんでした(笑)
> 当然ながら、幸隆の弟の矢沢頼綱系の矢沢家は譜代トップ級でしたね!!
>
> 現代の真田家当主様は大学教授のようで、私とほぼ同じ歳でした(笑)
真田昌幸・信之
お世話様です。昨日の土日もどこかに行かれたのでしょうね。
最新刊歴史街道の「真田昌幸・信之」は大変良かったですね!松代の真田信之系の譜代に「浅間山麓の鎌原氏、名胡桃城主の鈴木氏の末裔」がいたのは意外でした。
真田昌幸に滅ぼされた我が先祖の「室賀峠出身の室賀信俊系の室賀氏」はいませんでした(笑)
当然ながら、幸隆の弟の矢沢頼綱系の矢沢家は譜代トップ級でしたね!!

現代の真田家当主様は大学教授のようで、私とほぼ同じ歳でした(笑)
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