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沼柵(2) ~ 20万石の城

 沼柵の最終話です。

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 本郭東側の土塁です。

*次にこの要害が歴史にあらわれるのは南北朝時代のことです。小野寺氏が現在の横手市と湯沢市あたりを与えられ、家臣にこの要害を守らせました。それ以降は沼館城と呼ばれています。

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*「武家家伝」によると、小野寺氏は1400年頃、本拠を稲庭城から、ここ沼館城へ移しています。狭隘な山間から、広大な平地へ本拠を移した小野寺氏は、近隣を切り従え、大名へと成長していきます。

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 上のイメージ図の、やぐら台の左側の「残」で示した土塁です。

 二階建ての家よりも高い巨大土塁です。

*小野寺氏の最盛期の所領は、西は日本海へ及び、北は田沢湖へ及び、南は山形県にまで食い込み、その石高は20万石を越えたと推定されています。

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 やぐら台です。

*沼館城は20万石の居城として整備され、城下町も整えられたと思われます。

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 本郭に当たる蔵光院の山門です。

*小野寺氏が本拠を横手城へ移したのが1577年ということですから、沼館城は実に177年間、小野寺氏の繁栄を支え続けたのです。

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 本郭内には、水の手跡と思われる窪みがありました。

*その後も沼館城には、小野寺氏の家臣が配置されていましたが、小野寺氏は関ヶ原で西軍についたため所領を没収され、没落。沼館城は廃城となりました。

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 三郭東側の堀跡と思われる小川の写真でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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