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静岡県方ノ上城② ~ 駿河型築城様式

 方ノ上城の続きです。

 

IMG_1974.jpg

             またまた、細尾根です。

 

 義元派の岡部親綱が方ノ上城を攻撃すると、方ノ上城は防戦虚しく落城。

 

 孤立した花倉城の落城とともに。玄広恵探が自刃し、ここに花倉の乱は終結。

 

 今川義元が家督を継ぐこととなったのでした。

 

 

IMG_1975.jpg

 頂上にたどり着きました、「経塚」と表示されています。戦死者を弔う施設があったのでしょうか?

 

 削平はされていません。

 

 

IMG_1977.jpg

 
     経塚からやや下がったところに「狼煙台」の表示があります。
 
          巨石が散乱していて、足元に注意です。
 
 日本城郭体系による解説と、現地表示では以上が方ノ上城の遺構の全てです。

 ここで、大きな疑問が・・・

 駐屯場所がない!
 
 細尾根の上に立っていろと言われれば50人ぐらい立っていることはできます。
 
 しかし、寝泊まりするとなると話は別です。
 
 建物を建設できる平坦地がほとんどありません。傾斜のある細尾根で寝ろと言われても寝返りをうつと転げ落ちそうです。

 

IMG_1976.jpg

      経塚から南方向を撮影しました。駿河湾が展望できます。

 

 方ノ上城には、それなりの武将が駐屯した記録が在りますし、前述のように花倉の乱の舞台にもなっています。広い駐屯場所のある城でなくてはおかしいのです。 


 家に帰ってから悩みました。そして、気がつきました。


 この日は、他に花倉城、久能山城をめぐりましたが、どれも山上は普請しないか、普請しても小規模、そして山腹に大勢が駐屯可能な郭を配していました。


 これは、室町期駿河の独特の築城様式なのではないか? 

 

 駿河は今川家が守護を務め、長年安定していたので、山頂に大規模な土木工事を施して郭を配するほどの危機感は無かった。山頂は、物見、兼狼煙台として活用した・・・のではないか?

 

IMG_1978.jpg

 

 北側から見た方ノ上城物見部分です。

 

 左側から登ってきました。

 

 写真には写っていませんが右下のほうに台地があります。

katanokami.jpg

 上の写真と同じ角度から・・・

 

 花倉の乱で軍勢が篭った場所は、のろし台から右側へ尾根筋を下った、長福寺背後の台地上にあったのではないかと・・・

 

 またまた、妄想をもとに、お絵かきをしてしまいました。

 

 ホームページ「土の城への衝動」 http://www5.plala.or.jp/tutinosiro/

 

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