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神指城(2) ~ 120万石の城

 神指城の第2話です。

 車で本丸へ移動しました。

GEDC3067.jpg
 こちらには広い駐車場が用意されています。

GEDC3069.jpg
 私の妄想力をはるかに上回る「復元予想図」が掲載されています。

 今後模擬天守を建てる計画もあるようです。

GEDC3071.jpg
 石垣造りに使用されたのではないかと思われる石が展示されています。

 当時の上杉景勝の石高は120万石でしたから、120万石の太守の城としてふさわしい規模の城を、西国の石垣の技術を取り入れて築こうとしていたと思われます。

GEDC3070.jpg
 左側が堀跡です。幅は楽に10メートル以上ありますね。

GEDC3063.jpg
 この図ですと、上の写真の堀は、本丸の左側の堀になります。

 現在地は無視して考えてください。

GEDC3076.jpg
 本丸の土塁です。

 現状でも高さは4メートル以上ありそうです。

GEDC3074.jpg
 築城の際には12万人が動員されたということです。想像を絶する普請ですね。

 また、本丸の石垣を積む為に、佐竹家と前田家から石垣職人が数百人規模で応援に来たとのことです。

 「神指城第3話・1年で破脚」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「東北の城」
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Comment
Re: どこかで読んだのですが
丸馬出し様 御来訪ありがとうございます。

 若松城は戊辰戦争の際、南西約1キロの小田山の尾根先
から砲撃を受け、やぐらが破損しています。

 名戦略家と称された蒲生氏郷が何故若松城を整備したの
か不思議ですね。秀吉に本拠を若松城とするよう命じられ
ていたのでしょうか?

 神指城は大砲での攻撃を意識した構造になっています。

 二ノ丸の堀外からは、本丸の位置が見通せないので、
大砲の射程内にはいってはいても、的を絞ることができな
いですね。

 残存度合いは低いのですが、僅かに残存する遺構は、往
時を想像させるに充分な迫力がありました。

> 会津若松城は近くの山から砲撃を受ける可能性が
> あるので神指城を造ったらしいのですが、
> 縄張をみると完全に鉄砲や大砲を意識したような
> 近世のお城のようですねえ
どこかで読んだのですが
会津若松城は近くの山から砲撃を受ける可能性が
あるので神指城を造ったらしいのですが、
縄張をみると完全に鉄砲や大砲を意識したような
近世のお城のようですねえ
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