FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  八木岡城(1) ~ 南朝の侵攻

八木岡城(1) ~ 南朝の侵攻

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成24年7月21日、お城仲間のMさんと八木岡城に行ってまいりました。

x005_20120805131220.jpg
 栃木県真岡氏八木岡、真岡市水処理センターのすぐ北にあります。

GEDC2870.jpg
 高速道路のほど近くに石柱があります。

GEDC2871.jpg
*宇都宮家重臣芳賀家11代高俊の四男高房が八木岡の地に城を構え、八木岡氏を名乗ったのが始まりとのことです。鎌倉時代ですね。

GEDC2872.jpg
 城の東側は現在、堀状に窪んでいますが、これを堀とするかは見解が分かれるところです。その理由は後ほど説明させてい頂きます。

*年は下り、南北朝時代に八木岡城にて争奪戦が繰り広げられました。

 1338年、南朝の有力者北畠顕房が常陸に入ると、小田氏、結城氏らがこれに従い、関東における南朝勢力は一気に勢力を拡大しました。

x006_20120805132503.jpg
 西側から見たイメージ図です。真面目にスケッチしましたので、ホドホドニ信用して頂ければ・・・

*宇都宮氏と芳賀氏は北朝側としてこれに対抗しました。

 しかし、1339年八木岡城は南朝の攻勢の前に落城してしまいます。

GEDC2873.jpg
 北から見た「き」の塁壁です。

*その後も、南朝は益子城、上三川城、箕輪城、石下城を奪い、西明寺城を築城するなど勢力を伸ばしました。

GEDC2874.jpg
 北西から見た「き」の塁壁です。堀が付属しています。

「八木岡城第2話・北朝奪回」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「栃木の城」
スポンサーサイト



Comment
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード