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鹿沼城(2) ~ 壬生氏侵攻

 鹿沼城の第2話です。

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 野球場から一段下った場所にはテニスコートがあります。

 郭だった可能性を感じ、イメージ図に描き込みました。

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 *1523年、鹿沼氏と宇都宮氏の間で対立がおこりました。宇都宮忠綱は、壬生氏へ鹿沼城攻撃を指示します。

 壬生氏は、鹿沼城を攻め落とし、鹿沼氏は滅亡。宇都宮忠綱は、褒美として鹿沼領を、壬生氏へ与えます。その後壬生氏は日光をも支配下に置き、壬生氏の勢力は主家をも凌ぐものとなりました。

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 テニスコートから見上げる「三郭」の塁壁です。

*1552年、北条氏康の圧迫に堪えかねた「関東管領上杉憲正」が越後へ逃亡すると、北条氏康の威光は下野へも及んできました。

 1554年、壬生氏は宇都宮家の内訌に乗じ、宇都宮城を占拠します。北条氏康の後ろ盾があったとされています。

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 市役所裏の駐車場から見た、テニスコート郭?の塁壁?です。

*1557年、宇都宮広綱は、佐竹氏に援軍を頼み、宇都宮城を奪回し、壬生氏は鹿沼城に退きます。

 1560年に上杉謙信が関東に侵攻すると、北条氏の勢力は後退を余儀なくなれました。

 しかし、謙信が死に、武田家が滅亡し、武田家に代わって関東に侵攻した織田氏が、本能寺の変で退却すると、関東は再び、北条氏の独壇場となってくのでした。

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 「四郭」から見上げた「三郭」の塁壁です。

 「四郭」は武道館になっており、武道に励む若者たちが大勢いらしたので、肖像権に配慮して、撮影を自粛しました。

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 「四郭」は土塁に囲まれています。

 「鹿沼城第3話・打倒宇都宮氏最前線」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「栃木の城」
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Comment
Re: 誤字指摘
名無し様 ご来訪ありがとうございます。

 また、ご指摘感謝いたします。

 調べ直しましたところ、鹿沼城を攻め落としたのは・・

 壬生綱房さんとする説と・・・

 そのお父さんの壬生綱重さんとする説が混在しているようですね。

 歴史素人の私には判断できないので「壬生氏」と修正させて頂きました。

 今後もご指導頂ければ幸いです。
誤字指摘
壬生忠房→壬生綱房だと思われます
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