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宇都宮城(2) ~ 釣り天井伝説

 宇都宮城の最終話です。

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 清水門のあった場所から清明台を見上げました。階段が整備されていますね。

*1600年、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康は、奥平家昌を宇都宮城に入れます。

 1605年、徳川家康は息子秀忠に将軍職を譲ります。この頃、徳川家重臣本多正純が幕府の実権を握りました。

 1616年、徳川家康が没します。徳川家康は日光に「東照大権現」として祀られました。

 宇都宮城は、日光墓参の宿営地としての役割を担うようになりました。

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 清明台と富士見櫓の中間には、近代的なやぐら? が設置されています。エレベーターです。

*1619年、本多正純は自らの権勢を基盤に若き将軍へごり押しをしました。

 本多正純は小山5万3千石から、宇都宮15万5千石へと3倍の所領を手に入れたのでした。

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 清明台の復元櫓です。

 車椅子の方が中に入ることが出来るようスロープが設置されています。

 障害者支援職である私にとっては、大変好感が持てました。

*1622年、本多正純は突然領地を没収され、秋田へ流配されてしまい、1637年、失意のうちにこの世を去りました。

 この措置にまつわる伝説があります。釣り天井伝説です。

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 清明台は江戸時代の図面にも描かれ、天守閣の役割を果たしていたのでは中とのことです。

*本多正純は、将軍秀忠の暗殺を計画した。秀忠は日光参内の際、宇都宮城に宿泊する。秀忠の宿泊する御殿の天井を「釣り天井」とし、秀忠就寝中に「釣り天井」を落とし、秀忠を殺害してしまえ!

 ところが大工の一人が、恋仲となった庄屋の娘にこのことを話してしまった。「釣り天井」完成後、口封じの為、本多正純は大工を殺してしまった。

 将来を約束していた大工の死を悲しんだ娘は、父である庄屋へ「釣り天井」のことを話した。驚いた庄屋が将軍に本多正純の謀略を訴えた。

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 土塁上には塀が復元されています。

*宇都宮城へ向かっていた将軍秀忠は、庄屋の通報を受け、川越に引き返し事なきを得た・・・というのが「釣り天井」伝説です。

 あくまでも伝説であり、本多正純失脚を正当化するためにあとから創られた話であろうと思われます。

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 富士見櫓にも、スロープがついています。

*実際は、権勢を誇り将軍をないがしろにし始めた正純を、将軍秀忠は次第に疎ましく感じるようになり、また、秀忠の若き側近もこれを後押ししたといったところではないでしょうか。

 本多正純の父「本多正信」は息子に対し、3万石以上の栄達を望んではいけないと常々、言い聞かせていたとのことです。

 父の教えを守っていれば・・・

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