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宇都宮城(1) ~ 後白河法皇に出仕

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成24年7月21日、お城仲間のMさんと宇都宮城に行ってまいりました。
 栃木県宇都宮市本丸町に、宇都宮城址公園として整備してあります。
GEDC2827_20120804080232.jpg
 私は土の城派ですので復元系はジャンルが違うのですが、この日は天候が不順であった為、山城を攻める予定を変更して、観光地に参りました。

 ビルと富士見櫓のコントラストがイイですね。

GEDC2828.jpg
 本レポートの記述は、宇都宮市教育委員会発行「宇都宮城のあゆみ」に、準拠しています。

*宇都宮氏の出自には諸説あり定かではありませんが、平安の頃にはこの地に根を張り、3代目宇都宮城主、宇都宮朝綱は京に登り、後白河法皇に出仕してました。

GEDC2829.jpg
 清明台です。

*鎌倉幕府の成立の過程で、源頼朝に加担することで、宇都宮氏はその地位を確固たるものにしました。

 発掘調査では、鎌倉時代の「かわらけ」が出土したとのことです。

GEDC2832.jpg
 丸で示した場所が清明台であったそうです。

*戦国期には一族の内訌に揺れ、小田原北条氏の侵攻にさらされますが、佐竹氏との同盟によりこれをしのぎ切ります。

GEDC2833.jpg
 清水門のあった場所に解説版がありますが、清水門は復元されていません。

*平安の世からこの地を治め、戦国時代を生き抜いた宇都宮氏でしたが、1597年、豊臣秀吉に領地を没収され、あっけなく没落してしまいました。

 石高を過少申告した、家臣団の内訌があった等諸説ありますが、確かなことは判りません。

 翌年には、越後の上杉景勝が会津へ、会津の蒲生氏が宇都宮領に転封となっています。そして、その直後に豊臣秀吉は死去しています。

 死期を悟った秀吉が、「若き東北の覇王伊達正宗」を恐れ、その牽制の為に行った配置替えのパズルの中で、宇都宮氏が偶然はじき飛ばされてしまったとも考えられます。

 「宇都宮城第2話・釣り天井伝説」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「栃木の城」
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