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川越寺尾城(2) ~ 築城の謎

 寺尾城の最終話です。

 リンクをさせて頂いている「そこに城があるから」様の記事によりますと・・・

 新編武蔵風土記稿の寺尾村の総説の項によれば、
「村内に諏訪右馬亮居城跡がある。北条役帳に二百貫文寺尾諏訪三河守とあり、小田原記に武州寺尾の住人諏訪右馬助とあり、当時この地を領したのだろう。」とのことです。

 戦国時代に小土豪の諏訪氏がいたことは、そうなのでしょうが・・・

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 僅か二百貫文の扶持でこの様な広大な城を構えることは出来ないと思われます。

 武蔵の国には、記録に残らない広大な城が他にもあります。青鳥城と菅谷城です。そして、これらの3城は広大であるという点、もうひとつ半囲式縄張りという点でも一致しており、同時期に同勢力により築かれた可能性が高いと思われます。

 菅谷城は室町期の築城が有力視されてきており、寺尾城も室町期の動乱に扇谷上杉氏かその対立勢力が築城し、短期間の使用の後捨て置かれ、戦国期に諏訪氏がちゃっかり頂いちゃいましたといった流れも想定できます。(個人的妄想です・お聞き捨て置き下さい)

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 北側から本郭を眺めました。奥の森がそれです。

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 本郭の北側には窪地があり、堀であった可能性が強いと思われます。

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 本郭には、日枝神社が鎮座しています。

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 櫓台ではなかったかと妄想したくなりますね。

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 すぐ近くに新河岸川の船着き場の跡があります。

 時間を見つくろって、三郭の南側を確認し、また、レポートアップしたいと思います。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「埼玉の城」
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