FC2ブログ
HOME   »  中世城郭  »  琵琶懸城(3) ~ 城域への疑問

琵琶懸城(3) ~ 城域への疑問

 琵琶懸城の最終話です。

GEDC2728.jpg
 「二郭」から西側を撮影しました。右側が「三郭」左奥が「本郭」です。

x004.jpg
*さて、この城が上杉軍道の宿営地であると説明させて頂いております。多くのモノノ本にそう書いてありますゆえ。

 しかし、ヒネクレ者の私には腑に落ちぬ点があるのです。

 この城はどう詰め込んでも、200人の寝泊まりが精一杯だ・・・

 関東出兵の上杉軍団は数千だ・・・ 

GEDC2729.jpg
 奥が「本郭」の土塁。手前が堀なのですが・・・

GEDC2731.jpg
 「本郭」への小口です。

GEDC2732.jpg
 「本郭」に入りました。

 土塁で囲まれているのが見て取れます。

 この郭は信濃川の流れに削り取られている可能性があり、往時はもう少々広かったと妄想し、イメージ図にはそのように描いています。

GEDC2734.jpg
 「本郭」の背後はこの様に断崖となっています。

*さて、上杉軍団数千が宿営する総構えがあったのではと、お城仲間の千石さんにご意見を伺ったところ、南側の羽根川と信濃川の合流点近くに要害地形があり、ここを防御ラインとして活用したのではないかとのご意見を頂戴しました。

x001_20120729090257.jpg
*私も現在自動車教習所になっているその場所が南側からみると、比高のある崖の様になっていたことを記憶しておりましたので、千石さんの意見に賛成しました。

 北の防御ラインを川治川までとすると広すぎるので、その手前の小川を往時の堀と見立て、城域を推定してみました。また、地目のゆがんでいるラインもつなげてみました。何の根拠もない個人的な趣味の領域ですので、お聴き捨て下さい。

GEDC2733.jpg
 本郭にたたずむ鳥居の写真でお別れです。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「新潟の城」
スポンサーサイト
Comment
Re: タイトルなし
たけお様 ご来訪ありがとうございます。

 情報提供ありがとうございます。

 くいこみ横堀から、堀が続いていたとすると、
周囲に大規模な郭があった可能性が高いですね。

 南の小口はやはり半円形でしたか・・・

 この城は何気に面白いですよね。

 では!

> 五遁様
> くいこみ横堀は、延々と続いていたようです。
> 埋め立てたと証言する人もいるようです。
> なお、南の虎口は、「十日町市史 資料編」によれば、
> 明治時代の地引図によれば、半円形とのことです…
> となれば、武田…の改修の可能性も…
>
> たけお
五遁様
くいこみ横堀は、延々と続いていたようです。
埋め立てたと証言する人もいるようです。
なお、南の虎口は、「十日町市史 資料編」によれば、
明治時代の地引図によれば、半円形とのことです…
となれば、武田…の改修の可能性も…

たけお
Re: 思想
千石様 ご来訪有り難うございます。

こちらこそ相談に乗って頂き有り難うございます。

さて、城と経済と思想のテーマは論議が尽きないところですね。

1)防御するときだけ籠る、もしくは防御以外の目的を持たない城
2)そこで日常的に経済生活を営み、防御もする城
3)そこで日常生活を営み、更に城内で農耕もする城

 これらのタイプ別により、縄張りが規制を受けているように思えます。

 それと地域慣行の影響もおおきいですね。

> 私の妄想に付き合っていただき
> 誠にありがとうございます(笑
>
> 最近よく思うのですが、当時の人の軍事的、経済的な考え方から城について考えないと縄張りが理解できないのではないかなあと感じています。
> 現代人の思考で考えるとだめなんじゃないかなあと
> 思う今日この頃です。
思想
私の妄想に付き合っていただき
誠にありがとうございます(笑

最近よく思うのですが、当時の人の軍事的、経済的な考え方から城について考えないと縄張りが理解できないのではないかなあと感じています。
現代人の思考で考えるとだめなんじゃないかなあと
思う今日この頃です。
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード