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超図解越後荒戸城(3) ~ 北条勢侵攻

 荒戸城の第3話です。

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 大手馬出しから二ノ丸へ続く土橋には、竪掘が食い込んで、攻城兵の迂回を阻止しています。

*1578年8月、北条勢1万5千は三国峠を越え越後に侵攻しました。

 城兵200名ほどの荒戸城は、落城しました。しかし、荒戸城の抵抗は上杉景勝の拠点坂戸城が抗戦準備をする時間を稼ぎだしたのでした。

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 東側から見たイメージ図です。「図説・中世の越後」掲載図面と、自らのスケッチから起こしました。

 上の写真は「竪掘1」です。

*荒戸城に次いで樺野沢城を落とした北条勢は、坂戸城と浦佐城を攻めますが、落とすことはできませんでした。

 北条軍は景虎のいる越後府中へ向かうことができず、樺野沢城でむなしく時を過ごしました。

GEDC2563.jpg
 二ノ丸に入りました。

 二ノ丸は、南郭とも、三の丸ともつながっていません。

GEDC2565.jpg
 二ノ丸への通路は、唯一、本丸へのみ続いています。その通路です。

 登り切ったところで、右側に進路変更をしなければなりません。進路変更により、攻城兵の進入速度を遅くする意図があります。

*荒戸城は築城を開始して僅か1ヶ月で北条勢の侵攻を受けており、急造の城であったと思われます。

 しかし、現在残る荒戸城の遺構は技巧的に造り込まれています。つまり、荒戸城を奪取した北条勢が撤退路を確保するために、北条流築城術を駆使して造り込んだと考えられます。

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 登り切った先にある本丸への小口です。

*翌1579年3月、景勝は、景虎を鮫ヶ尾城に攻め殺し、後継争いにピリオドを打ちました。北条勢は虚しく関東へ撤退し、荒戸城は上杉景勝のもとにもどりました。

 荒戸城は、景勝の上杉家継承に大きな役割を果たしたのです。

GEDC2571.jpg
 本丸から、二ノ丸を見おろしました。

 中央やや上に、馬出しからの小口があり、枡形様にへこんでいるのが見て取れますでしょうか?

 「荒戸城第4話・鉄砲発射角度への計算」へ続く・・・

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Comment
また、先を越されてしまいました!
お師匠

 御来訪ありがとうございます。

 千軒山城に到達されましたか。

 また、先を越されてしまいましたね。

 私も負けずに、誰もアップしていない城にチャレンジします。
千軒山城
荒戸城は何回か登りましたが、素晴らしい縄張りですね。横堀など見ると北条の手も加えられていると思います。
 さて、懸案だった万場町にある千軒山城をやっと見つけてきました。四度チャレンジしての快挙です。ブログに詳しく攻め方を載せていますので、参考にしてください。
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