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麻績古城(7) ~ 上杉景勝の逆襲

 麻績古城の第7話です。

GEDC2482.jpg
 「お」の郭です。

*4月4日に麻績古城は降伏し、小笠原貞慶の手に落ち、麻績古城主麻績左衛門は小笠原貞慶に忍従しました。

 この報を受けた上杉景勝は激怒します。

 虚空蔵山城に籠って抵抗していた屋代秀政が城を捨てて逃亡した為、兵に余裕が出来た景勝は、何と自ら軍勢を率いて麻績古城に向かいます。

 配下に出撃を命じることが多かった景勝が自ら出陣したのですから、景勝の怒りの強さが判ります。

GEDC2483.jpg
 三郭です。

*上杉景勝は、麻績古城を攻め落とし、裏切り者麻績左衛門の首級を挙げると、麻績古城を確保せずに撤退しました。

 裏切り者はこうなるぞ!という見せしめの為の出兵であったと思われます。

x009.jpg
 西側から見たイメージ図です。

*麻績氏が没落したため、小笠原貞慶は麻績領を青柳頼長に与えました。

 しかし、青柳頼長は兵力の分散を恐れたのか、麻績古城を使用せず、青柳城の防衛に専念したようで、これ以降、麻績古城の名前が資料から消えます。

GEDC2465_20120708154540.jpg
 西側に小口の様なへこみがありましたので、そこから点線で攻城兵の進路を描いてみましたが、この急斜面では、ここまで登って来るのは至難の業ですね。

*つまり、小笠原勢が麻績古城を使用していたのは、僅か数十日ということになります。

 このことから現在残る麻績古城の遺構は上杉氏時代のものと考えられます。

 麻績城と麻績古城のどちらが攻防の舞台であったかとの論議がありますが、麻績古城に残る越後上杉系遮断構造を見れば、麻績古城が攻防の舞台であったことは明白でありましょう。

GEDC2484.jpg
 「二郭」です。その向こうに「本郭」の塁壁が見えます。

GEDC2485.jpg
 本郭の塁壁のアップです。このあとまた「お化けナタ」で断ち切られた底へと下っていきます。

 「麻績古城第8話・25メートル」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「長野の城」
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