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五覧田城(1) ~ 根利道監視

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

 平成24年6月10日、お城仲間のМさんと五覧田(要害山)城に行って参りました。

五覧田アク

 群馬県みどり市東町荻原にあります。大間々から国道122号を北上すると・・・

GEDC2345.jpg
 水沼駅と花輪駅の中間に城址の表示がありますので、左折して登っていくと駐車場に着きます。

GEDC2321.jpg
 駐車場にある解説版です。

*五覧田城については、五覧田の砦と、五覧田(要害山)城との記録が混同されることが多く、この解説版も混同しているようです。

 古くからこの地には五覧田の砦がありましたが、単郭の崖端城で度々落城していました。

 1584年、この地を支配していたのは大田金山城の由良氏でした。

 由良氏は、佐竹、宇都宮、真田、上杉と通じ、北条家に反旗を翻します。

GEDC2322.jpg
 駐車場から城址までは、遊歩道が整備されています。

*北条氏は、由良氏と真田氏の連携を断つため、阿久沢氏をして五覧田の砦を攻め落とさせました。

 そして真田が攻めよせてくるであろうルート、(沼田から赤城北麓を通って渡良瀬渓谷に達する根利道)を監視できる、見晴らしの良い山城、五覧田の砦よりは落城しにくい山城、五覧田要害山城の築城を命じました。その対価として、阿久沢氏に仁田山郷と高津戸を与える旨が、北条家朱印状に記されています。

GEDC2325.jpg
 渡良瀬川上流の景色が開けてきました。

 谷は盆地状となり、それなりに農地が確保できる地形になっています。

GEDC2326.jpg
 尾根筋に到達し、郭が見えてきました。

 「五覧田城第2話 ~ 連郭式縄張り」へ、続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」

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Comment
Re: 後詰と堅城
丸馬出し様 御来訪ありがとうございます。

 謙信とは本気で戦わない。

 どうせ、すぐいなくなるんだから、いなくなったら、城と領地を
取り戻せばいいといった、感覚ですかね。

 信玄が西上野を制圧して、長野さんを滅ぼしたのは大きすぎるで
すね。利根川沿いに前橋へ行けなくなったのですから。

 沼田から根利道を通って、黒川谷、桐生、佐野と山間を移動して
佐竹と渡りをつけるが精一杯となってしまいましたね。

 謙信も北条も寝返りを繰り返す在地領主を滅ぼさずに、そのたび
たび許しているのですよね。

 そのゆるさが混乱を招くことを、上杉景勝は学習していたみたい
ですね。景勝は裏切り者を容赦しませんでしたから。
後詰と堅城
武蔵様の記事を拝見すると、
上杉さんは冬の間は越山できないので
その間に、北条さんに蚕食されているような様子が感じられますね。
関東における上杉さん側の勢力が一枚岩でなかった事と、冬の間持ちこたえられるような堅城が必要だったことがよくわかりました。
上杉さんにとって長野さんと松山城を失ったのは相当な痛手だったのでしょうね。
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