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神梅城(2) ~ 謙信へ非分の申し立て

 神梅城の第2話です。

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 二の丸の堀が、東側から、北側へ屈曲している部分です。

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*黒川衆は、室町時代には桐生氏に圧迫され、その配下となりました。

 戦国時代、上杉謙信が関東へ進出すると、桐生氏は陣営へ組みしましたので、黒川衆も同様に謙信に組みしたと思われます。

GEDC2315.jpg
 二の丸北側の堀と土塁です。

*上杉謙信は沼田から利根川沿いに南下し、前橋城を拠点として、関東を席巻しました。

 しかし、武田信玄が西上野を制圧すると利根川沿いの道は安全ではなくなりました。

GEDC2318.jpg
 二の丸北側の土塁を、二の丸の内側から撮影しました。

 お堂の高い屋根より、更に高い土塁の迫力を感じて頂ければ幸いです。

*上杉謙信は、沼田から、赤城山北麓の根利を経由する「根利道」を通って、黒川衆の管理する渡良瀬渓谷に出て、そこから関東平野へ向かわなければならなくなりました。

GEDC2306.jpg
 この写真は、イメージ図「A」と「B」の間の堀です。

*上杉謙信は、根利の関所の管理を、沼田領上川田城主発地氏に任せていました。

 謙信の家臣から、発地氏へ宛てた書状があります。

GEDC2305.jpg
 堀は竪掘りとなって沢へ落ち込んでいます。

*書状には・・・

 「阿久沢方ヨリ成非分義申候義」と記されています。

 阿久沢より非分の申し立てがあった。

 発地よ。根利の関所を破られることがあったら、お前を裏切り者として処すると謙信公がおっしゃっている。阿久沢が言うことを聞かないのであれば、この書状を阿久沢へ見せて、解決しなさい。

GEDC2307.jpg
 「B」の部分の写真です。判りにくいのですが、奥側に向けてだらだらと下っています。

*非分の中身が何かは記されていませんが、手勢百に満たないほどの小身の阿久沢氏が、「軍神上杉謙信」にナマイキをふっかけるなんて、痛快ではありませんか?

 「神梅城第3話 ~ 見事な堀幅」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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