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高津戸城(2) ~ 里見兄弟伝説の真偽

 高津戸城の第2話です。

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 解説版には・・・

 1577年、里見兄弟がこの城を修復して立て篭もったが、由良氏に滅ぼされたと記されています。

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*里見兄弟の記述は「関東古戦録」の記載を根拠としています。

 「関東古戦録」の記述を要約してお伝えします。

 安房の里見家当主義堯の甥に実堯という人物がいた。

 実堯は、当主義堯と不仲になり、安房を出、上州の桐生家を頼った。

 ところが、桐生家は代替わりと共に家が乱れた。

 そこで里見実堯は考えた・・・

 桐生家の混乱に巻き込まれては、息子たちが不憫だ。

 なんとか乱れなき大国で安心して成長させたい。

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 左が「C」の郭の塁壁、中央が堀、右が「B」の郭です。ヤブで判りにくいのですが、大まか削平されています。

*里見実堯は、息子たちを、越後の上杉謙信へ託すことにした。

 謙信は里見兄弟を丁重に遇し、里見兄弟は、越中攻めなどに功を上げ恩賞を与えられた。

GEDC2252.jpg
 左が「B」の郭の塁壁で、奥が「A」の郭の塁壁です。「A」と「B」の郭は、防御性が著しく低いため、下級兵士の駐屯場所であったと推察いたします。

*その後、桐生家の正義は乱れ、奸臣津布久と山越の讒言により、里見実堯は謀殺されてしまった。

 里見実堯の予感は当たったのであった。

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 三ノ丸と二ノ丸の間の郭を東側から撮影しました。

*里見実堯の悲報は、越後に届いた。

 里見兄弟は、悲しみにくれ、やがて、父の仇を討ちたいと、上杉謙信へ請い願った。

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 二ノ丸を西側から撮影しました。

*上杉謙信は、白銀200枚を与えて、兄弟に暇を取らせた。

(その後、桐生家は由良家に攻め滅ぼされたが、奸臣たちは由良家の禄を食み、のうのうと暮らしていた。)

 里見兄弟は仇を討つため、高津戸の古城に入り、浪人140人を集め、城の普請をした。

 そして、用命の砦を急襲したが仇討ちはならなかった。

GEDC2280.jpg
 「腰郭」を北側から撮影しました。

*領内の反乱分子を捨て置くことは出来ないと、由良氏は高津戸城を攻め、里見兄弟は自刃した。

 以上が「関東古戦録」に記される、里見兄弟伝説です。

「高津戸城第3話 ~ 塁壁主体防御」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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