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桐生城(2) ~ 柄杓型縄張り

 桐生城の第2話です。

GEDC2191.jpg
 第一堀切の写真を再掲します。下のイメージ図ですと三の丸西側の堀切です。

w001_20120617083441.jpg
 日本城郭体系掲載図面と、自らのスケッチから起こしました。

 丸っこい本丸に柄杓の柄の様な、細長い郭がついていて、柄杓山城の名もついています。

 山城なのに、郭間の比高差が少なく、西側は城外の方が高くなっており、西側から攻め入る敵兵に対する備えが、強く意識された縄張りになっています。

 「う」にも郭があったようですが、見落としてしまいました。

GEDC2193.jpg
 三ノ丸にはいりました。

*1510年、桐生氏は渡良瀬渓谷にある五覧田の砦に侵攻し、同地の松嶋氏を配下にいれました。他の黒川衆(渡良瀬渓谷の地侍)も桐生氏に従ったと思われます。

GEDC2194.jpg
 三ノ丸は西側が高く、東側へ段々に下っています。段々を見上げた写真です。

 三ノ丸に攻城兵が侵入したら、守兵は早々に撤退し、二の丸からの銃撃にゆだねる防御構想ではなかったかと思われます。

*1544年、桐生氏は現前橋市にある膳城の膳氏を配下に加え、勢力を伸ばしました。

GEDC2196.jpg
 三ノ丸と二の丸を隔てる堀切です。

*1560年、上杉謙信が関東へ侵攻、桐生氏はこれに抵抗するも、桐生城を攻められ降伏。謙信の指示に従い、小田原攻めに従軍しました。

GEDC2197.jpg
 堀切は、南斜面へ竪掘となって下っています。

 「桐生城第3話 ~ 変形馬出し現存」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」
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