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桐生城(1) ~ 観応の擾乱

みなさん、こんにちは。
中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。

平成24年6月10日、お城仲間のМさんと桐生城に行って参りました。

 別名、柄杓山城です。

梅原アク

 まずは、おおまかな位置図。

w003_20120617075445.jpg
群馬県桐生市梅田町にあります。

GEDC2237.jpg
桐生市役所から県道66号線を約3キロほど北上すると、城址の看板がありますので、左折して登っていくと・・・

GEDC2186.jpg
駐車場につきます。

*日本城郭体系によりますと、1350年に桐生国綱が築き、翌年西に位置する仁田山郷の山田氏を滅ぼして勢力を伸ばしたとあります。

 1350年といえば、足利尊氏と、その弟の争い「観応の擾乱」が勃発した年です。

 群馬では新田氏が弟側について没落しています。

 つまり、お兄さん側が桐生氏を登用し「新田へ圧力をかけろ」とけしかけ、桐生氏は忠実に役目を果たしたのではないかと推察いたします。

GEDC2188.jpg
 この様に遊歩道が整備されています。

*鎌倉初期に桐生六郎という豪族がこの地にあったとの記録がありますが、その後記録は途絶え、再び記録にあらわれるのが、前述の観応の擾乱となります。

GEDC2190.jpg
 道は続いています。

*桐生氏はその後、度々佐野家から養子を迎え入れており、近年は「桐生六郎とはつながりがなく、元々佐野家の分家であった」との説が有力になって来ています。

GEDC2191.jpg
 第一堀切発見です。

 「桐生城第2話 ~ 柄杓型縄張り」へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「群馬の城」


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