FC2ブログ
HOME   »  史跡  »  大日堂古戦場 ~ 本多忠勝奮戦

大日堂古戦場 ~ 本多忠勝奮戦

 みんさん、こんちわ。
 中世城郭愛好家、土の城派武蔵の五遁です。

 平成24年4月15日には、大日堂古戦場に行ってきました。

 静岡県磐田市三ヶ野にあります。

GEDC1829.jpg
 前日、お城仲間のМさんと磐田グランドホテルに泊まりました。ホテルの近くの居酒屋をはしごして大酒を飲み、朝食の7時に起きることが出来るか心配だったのですが、遠足の前の小学生よろしく、5時に目が覚めてしまい、暇つぶしにホテルの周囲を散策することにしました。

 写真は早朝の磐田グランドホテルです。

 ホテルは旧東海道に隣接しており、河岸段丘の端にあるため、何らかの保塁があるのではと勝手い思いこんでの散策でした。

GEDC1831.jpg
 崖端に「武田の遠江侵攻のさい古戦場となった」と記された看板がありました。

s008.jpg
 国道1号線と、磐田グランドホテルとの位置関係図です。

GEDC1833.jpg
 朝もやに浮かぶ大日堂保塁の土橋状になっている部分です。

s002.jpg
*1572年、10月13日、武田信玄は、只来城、天方城、一宮城、飯田城、格和城、向笠城、久野城を僅か一日で落とし、東海道を西進します。

 徳川軍は4千(資料によっては三千)の兵で、武田方の動きを偵察に出ました。

s003.jpg
 地形イメージ図です。

 大日堂から東方を見おろした徳川軍が見たのは、目の前に陣を整えた武田三万(資料によっては二万)の大軍だったのでした。

GEDC1832.jpg
 この道が旧街道で、この道を攻め上がる武田軍を、徳川軍が迎撃したようです。

GEDC1836.jpg
 ここ大日堂には、本多平八郎忠勝物見の松が存在したとのことです。

*武田の大軍を前に、押しに押された徳川軍は、大日堂、見附宿、一言坂と撤退をしながら抗戦、殿軍は本多平八郎忠勝が務め、本隊が天竜川を渡り切るまで、踏みとどまったとのことです。

GEDC1837.jpg
 朝焼けの大日堂です。

*この大日堂、見附宿、一言坂の戦いを総称して、「一言坂の戦い」と称するようです。

 この戦いの後、武田の武将が呼んだ句が有名です。

「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭と、本多平八」

 大日堂から天竜川までは5キロの距離があります。

 何倍もの兵力と抗戦しながら、5キロもの距離を戦い続けた本多平八郎忠勝の武勇は、敵味方無く、称賛されたことでしょう。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「史跡などの部屋」
スポンサーサイト



Comment
Re: この地域は
丸馬出し様 ご来訪有り難うございます。

 おっしゃる通り季節的な難しさがありますよね。
 私も秋田に住んでいたことがあり、春と夏と秋が
同時に来て、あとは長い長い冬といった印象でした。

 丁度良い時期に仕事の多忙と重ならないかは神の
みぞ知る。結局、出たとこ勝負になりそうです。


> この地域の難しいところは
> 秋がないんですよ(笑
> 葉が落ちたらスグに雪が・・・・。
>
> なのですが、白山城のような
> 連続竪堀がある城なので
> 甲州流の土城ファンとしては
> いつかは行って見たい城なんですよ。
> その点では武居城も必見です。
> (どうも連続竪堀は長篠以降あたりから
>  使われた手法みたいですねえ)
この地域は
この地域の難しいところは
秋がないんですよ(笑
葉が落ちたらスグに雪が・・・・。

なのですが、白山城のような
連続竪堀がある城なので
甲州流の土城ファンとしては
いつかは行って見たい城なんですよ。
その点では武居城も必見です。
(どうも連続竪堀は長篠以降あたりから
 使われた手法みたいですねえ)
Re: 普通車でいけるといいのですが
丸馬出し様 ご来訪有り難うございます。

 黒川城は尾根筋から薮こぎになりそうですね。
まあ、慣れていますんで、水と食料を背負って
行って参りたいと思います。
 三時間も見ておけば多少迷ってもたどり着け
るのでは無いかと思います。
 やはり、紅葉以降が見やすいのでしょう。

> マピオンで見ますと確かに道がありますね
> 短時間で攻められるようでしたら
> 根知城、小獄岩城、三日市場城なども
> めぐられるかもしれませんね。
> 小獄岩城は有名なわりに詰城まで行かれた方は
> 少ないようですのでおいしいネタかもしれませんね
普通車でいけるといいのですが
マピオンで見ますと確かに道がありますね
短時間で攻められるようでしたら
根知城、小獄岩城、三日市場城なども
めぐられるかもしれませんね。
小獄岩城は有名なわりに詰城まで行かれた方は
少ないようですのでおいしいネタかもしれませんね
Re: ごさんこうまでに
丸馬出し様 御来訪ありがとうございます。

 色々と情報を有難うございます。

 国土地理院の地図によると南側の尾根筋までは道があるようです。

 どうにかなるのではと・・・

> 黒川城はたくさんあるようですので
> ごさんこうまでに
> http://www.vill.otari.nagano.jp/mura/culture/W015H0000029.html
ごさんこうまでに
黒川城はたくさんあるようですので
ごさんこうまでに
http://www.vill.otari.nagano.jp/mura/culture/W015H0000029.html
黒川城ですが
とにかくすごい山なので
登山の装備とクマさん対策は必須のようです。
攻城の際は気をつけてくださいね。

なお、この手のGPSがあると
ブログに乗せるのに面白いと思いますので
ご参考までに
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9-%E6%96%B0%E8%A3%BD%E5%93%81%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%83%E3%83%97%E5%AF%BE%E5%BF%9C%E5%B0%8F%E5%9E%8B%E8%BB%BD%E9%87%8F%E3%83%9D%E3%82%B1%E3%83%83%E3%83%88GPS%E3%83%8A%E3%83%93%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3-GPS-TREK-PRO-GSPORT-%E3%83%9D%E3%82%B1%E3%83%8A%E3%83%93/dp/B003F4HFMO/ref=sr_1_5?s=electronics&ie=UTF8&qid=1336004243&sr=1-5
Re: すでに攻められていたのですね
丸馬出し様 ご来訪有り難うございます。

黒川城ですね。
美味しいネタを有り難うございます。
当方ネット未公開物件が大好物です。
多分、今年中には賞味させていただくと思います。

> 仙当城をご存知だとすると
> 一級なのは小谷村の黒川城でしょうか
> あの比高は一級品です見るものを圧倒しますのでw
> ネットでも到達した人はいないようですねえ。
> 宮坂先生は偉大です。
すでに攻められていたのですね
仙当城をご存知だとすると
一級なのは小谷村の黒川城でしょうか
あの比高は一級品です見るものを圧倒しますのでw
ネットでも到達した人はいないようですねえ。
宮坂先生は偉大です。
北信濃
(もちろん私も信玄さんファンですw)
まともに戦ったら信玄さんが勝つと思いますが
それを分っているから信長さんは
戦を避けたのではないかと。

ところで、北信濃の名城ですが、
やはり仙当城が挙げられるのではないでしょうか
ネットでも評価がたかいしろです。
個人的には武田氏が造った城ではないかと
思うのですが諸説ありますので
探求するのもいいかもしれません。
その次は川中島城塞群になると思いますが
遠征の場合は時間がありませんので
長野の県立図書館で宮坂先生の書物を
参考に、甲州流の城を探索するのが
いいと思われます。
(ただ、これをすると感動がうすれるのが難点ですが)
それと、すごくいい本でしたのでご紹介です。
視点を変えた合理的な推察の本でした
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%82%E3%81%97%E3%82%82%E6%88%A6%E5%9B%BD%E6%AD%A6%E5%B0%86%E3%81%8C%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AE%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E3%81%AE%E7%A4%BE%E9%95%B7%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%89-%E9%9D%92%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E8%8B%A5%E6%A1%9C%E6%9C%A8-%E8%99%94/dp/4413095316
Re: びっくりです
丸馬出し様 御来訪ありがとうございます。

 私は信玄ファンなので、仮想「信長vs信玄戦」は
信玄が勝利したと思い込みたいですね。(笑)

 さて、信濃北方の豪族たちについて勉強しはじめま
した。

 大日方氏、香坂氏、島津氏・・・

 長沼城のことは初勉強しました。

 古山城は、かなり規模がありそうで、踏査が楽しみ
です。

 今年の夏は北信濃を攻めたいと思っておりますので
何か情報がありましたら、よろしくお願いします。

びっくりです
お世話になっております。
その説が正しいとすると
武田VS織田の戦がどうなったのか
興味が尽きませんが、
信長さんはうまいこと逃げ回って
決定的な敗北は避けたような
展開になったのではと妄想しています。

といいますのも、同じような勢力規模の大名同士の
連合軍はなかなか一つにまとまらないような
印象がありますので。(妄想のしすぎですねえw)

信玄の陽動作戦!
丸馬出し様、御来訪ありがとうございます。

 信玄の遠江侵攻がすなわち西上作戦であると、長い間捉えられていました。

 しかし、最近、遠江侵攻は信玄得意の陽動作戦だとする説が出てきています。

 信玄は、小田原城を囲み、退路、三増峠の戦いで北条軍を撃破しました。

 これは陽動作戦で、本当の狙いは駿河の平定でした。

 その後、信玄は同じパターンを使ったとの説です。

 浜松城の前を通り過ぎ、三方ヶ原で徳川軍を撃破・・・ 三増峠と同じです。

 本当の狙いは、美濃侵攻と信長打倒でした。

 一旦伊那へ引き返し、中山道経由で美濃へ向かう戦略で、浅井等と連絡をとっ
ていたということです。

 三方ヶ原合戦の戦勝が伝わると、東美濃の豪族の大半は信玄へ忠誠を誓った
との記録も出てきました。
重要な戦いかも
いつも楽しく拝見しております。

この戦いで気がついたのですが
西上作戦は京を目指したと
一般的には言われていますが
本当は徳川家康の首級を
あげるのが目的だったのではないかと。
この戦いはまさに、追撃殲滅戦を
目的としていたように感じるからです。
成功していたら、徳川さんが
いなくなってしまいますので、その後の日本史は
変わっていたかもしれませんね。
(死期を悟った信玄公の武田家を残すための
必死さを感じさせられます)
ただ、岩村城を襲ったのは失敗だったような
気がしてなりませんが
(信長さんにけんか売ってしまいましたから)、
妄想のしすぎですかねえ(笑
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード