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堀之内城山(3) ~ 土橋残存

 堀之内城山の第3話です。

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 五ノ郭と、四ノ郭の間は土橋でつながれています。

*天野氏の地の利を心得たゲリラ戦に、徳川軍は翻弄されていしまいます。

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*徳川軍は、大久保七郎右衛門、水野葱兵衛門、榊原康政など名だたる武将が自ら槍を振るわなければならないほどに追い詰められます。

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 四ノ郭から三ノ郭の塁壁を見上げました。その奥が二ノ郭の塁壁です。

*徳川軍は、大久保忠正、堀平十郎、鵜殿藤五郎、小原金内、玉井善太郎など24名の武将が討ち死にしました。無名の兵士たちや、傷を負った者まで含めると、甚大な被害を被ったことになります。

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 三ノ郭に入り、ニノ郭の塁壁を見上げました。

*徳川家康は、シンガリを見捨てて、犬居城から離れること南東約6キロの三倉まで撤退しました。

 三倉集落には、「この時、家康は庄屋久衛門宅に隠れて難を逃れた」との言い伝えが残るということです。

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 登ってきた道を振り返りました。攻めにくい険阻な地形であることがわかりますね。

*徳川家康は残兵を収容すると、すぐさま更に南方約6キロの天方城まで撤退しました。家康が天野軍の追撃を如何に恐れていたかが伝わってきます。

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 二ノ郭の脇には、腰郭があります。

 堀之内城山(4) ~ 極陰の保塁へ続く

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
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