HOME   »  中世城郭  »  遠江相良城 ~ 武田勝頼築城

遠江相良城 ~ 武田勝頼築城

 みなさん、こんにちは。
 中世城郭愛好家、土の城派、武蔵の五遁です。
 平成24年3月18日、お城仲間のMさんと「高天神城補給路実感ツアー」で、田中城、小山城、龍目山城、滝堺城、相良城に行って参りました。

 ツアーの5城目は相良城です。静岡県牧之原相良、相良小学校と相良資料館の周辺がそれにあたります。

*相良城は、武田勝頼が高天神城への補給路を強化するため、1576年3月に築城されました。

 しかし、1581年7月に落城し一旦廃城となります。

GEDC1611.jpg
*江戸時代田沼意次により再興されましたが、意次の没落により城は破壊されてしまいました。

GEDC1610.jpg
*この土塁がニの丸の土塁ではなかったかとのことです。相良小学校の南側にあります。

GEDC1612.jpg
 相良小学校校庭の東側には、「牧之原市相良歴史資料館」があります。

GEDC1614_20120331140220.jpg
 資料館の前には城址碑があります。

*さて、田沼意次に対する評価は「権勢をほしいままにし、賄賂を要求し、賄賂により政道を捻じ曲げたため、没落した。身から出た錆だ」ということに、近年までなっていました。

GEDC1615_20120331140520.jpg
 館内には、相良城の縄張り図が掲示されています。

*ところが、近年の研究で田沼意次に対する評価は大きく変わってきました。

 「経済に明るく、商業を振興し、江戸幕府の財政を立て直した名政治家である。没落は米本位の懐古主義にとりつかれた者たちのジェラシーによるクーデターで、クーデター後、経済は落ち込み、江戸幕府の財政は困窮した。」との評価に変わってきました。

 相良城が完全に破壊されたのも、懐古主義者のジェラシーが如何に、理性を失ったものであったかを物語っているのではないでしょうか。

GEDC1617.jpg
 田沼意次さん良かったですね。名誉が回復出来て!

GEDC1609.jpg
 地元の皆さんも、堂々と田沼意次の名前を掲示できるようになりました。

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」
スポンサーサイト
Comment
Re: 資料によると
丸馬出様 ご来訪ありがとうございます。

 武田時代は倉庫だらけでしたか・・・
 高天神城補給の兵站基地として築城されたことの証左ですね。

 武田時代の本郭と、田沼時代の本丸は場所が違うのですね。
 勉強になります。

 今日もこれから休日出勤です。

 行ってきま~す!
資料によると
資料によると
建物はほとんどが倉庫だったようです。
兵站基地だったのでしょうね。

それと、田沼さん時代の相良城絵図に
武田氏時代の本丸あたりが外郭として
描かれていますね

Re: 武田さんの相良城
丸馬出様 ご来訪ありがとうございます。

 地図を見ていると飽きないですよね。

 最近はネットで航空写真を見ることができますが。

 お城の周辺の田んぼの配列から、総構えの堀跡では?などど妄想し始めると
やめられません。
武田さんの相良城
武田さん時代の相良城を
記事にしました

よかったら見ていただければ幸いです
Re: 昔からの田沼意次ファンでございます
らんまる様 御来訪ありがとうございます。

 田沼意次ファンでいらっしゃいましたか。

 私は・・・

 BS-TBS THEナンバー2 ~歴史を動かした影の主役たち~
で、意次への評価が変わってきていることを知りました。

 平賀源内の重用なども、古い価値観にとらわれず、正しい
ものを求める意次の慧眼だったのかも知れませんね。

> 度々お邪魔いたします。
>
> その昔、某国営放送の時代劇で確か「天下堂々」という平賀源内が主人公のドラマをやっていて、田沼意次は江戸幕府の老中でありながら、源内に対して理解と親交を持つ役でした。なのに教科書や史実は最悪の評価で「どうして??」と子供ながらに疑問を持ち続けていました。
> 吉良上野介も、地元ではあかべこのお殿様として慕われ悪役のイメージなどあありません。遡れば大久保長安などは死んでも墓を暴かれ徹底した断罪の処分を受けています。
> 貴殿の云う通り「勝者によって歴史は書き換えられる」このことでしょうか。
> 何はともあれ、田沼さんが名誉回復したとは、自分の事のように嬉しく思います。
昔からの田沼意次ファンでございます
度々お邪魔いたします。

その昔、某国営放送の時代劇で確か「天下堂々」という平賀源内が主人公のドラマをやっていて、田沼意次は江戸幕府の老中でありながら、源内に対して理解と親交を持つ役でした。なのに教科書や史実は最悪の評価で「どうして??」と子供ながらに疑問を持ち続けていました。
吉良上野介も、地元ではあかべこのお殿様として慕われ悪役のイメージなどあありません。遡れば大久保長安などは死んでも墓を暴かれ徹底した断罪の処分を受けています。
貴殿の云う通り「勝者によって歴史は書き換えられる」このことでしょうか。
何はともあれ、田沼さんが名誉回復したとは、自分の事のように嬉しく思います。
Trackback
Trackback URL
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

武蔵の五遁

Author:武蔵の五遁
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード