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白鳥山城(4) ~ 番小屋跡

 白鳥山城の第4話です。

003_20120304110615.jpg
 さて、白鳥山城の支峰の紹介して参りましたが、これからはメインの烽火台へ向けたレポートとなります。

 写真は白鳥山森林公園の駐車場です。ここに車を停めます。トイレもありますよ。

GEDC1454.jpg
 車で登ってきた道を徒歩で若干戻ると、登り口が左に現れます。

 恋人の聖地・・・ 関東富士百景・・・と、看板に書いてあります。

GEDC1455.jpg
 尾根筋にたどり着くと右下に何やら表示があります。行ってみましょう!

GEDC1456.jpg
 どうもこの石積みで囲まれたスペースが、番小屋跡のようです。

 山頂に物見と烽火台はありますが、冬の北風が厳しい季節は山上に寝泊まりするのは、寒さに耐えられない。

 そこで山上から南へ少し下った地点に風除け小屋を造り、夜間、寒さをしのいだ・・・といったところでしょうか?

GEDC1457.jpg
 山頂に着きました。なんとなく平らですが、丁寧に削平された痕跡はありません。

 日本城郭体系には、5段の削平地からなると記されていますが・・・

GEDC1458.jpg
 解説版があります。

 日本城郭体系では、今川時代の存在に触れられていますが、ここでは武田以降の紹介となっていますね。

 武田の駿河侵攻戦のさい物見が置かれたと、甲斐国史に記載があるそうです。

 烽火台ネットワークの拠点であり、駿河の情報が白鳥山城へ集められ、甲斐府中まで伝えられたということです。

 戦後まで、烽火台を囲む土塁が残存していたのだが、その後、破壊されてしまったようです。残念ですね。

 四つの支峰の遺構も、同時期に破壊されたしまったのかも知れませんね。

 関東富士百景へ続く・・・

 ホームページ 「土の城への衝動」 > 「静岡の城」 
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Comment
西に街道
丸馬出しさん。ご来訪有り難うございます。
この城の西側に街道があり、街道を押さえる
意味もあったかもしれません。
昔は標高の高い場所にも集落があったので、
もしかしたら街道近くの集落と連携していた
可能性も否定できませんね。
丸馬出
いつも楽しく拝見させていただいております。
なんとなくですが、住民の避難城もかねていたような
印象を受けるのですが
いかが思われますか

追伸
私の妄想はとっぴすぎましたかねえ(笑
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