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蒲原城(4) ~ 北条新三郎入城

 蒲原城の第4話です。

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 本郭には神社が建立されています。

*駿河制圧に執念を燃やす武田信玄に対抗すべく、北条氏は蒲原城に兵士を増派するとともに、蒲原城の大規模な改修と増築に取り掛かりました。

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 城址碑です。

*城主として、「北条新三郎綱重」が入城します。

 北条新三郎綱重は、北条早雲の三男「北条幻庵」の二男で、早雲の孫にあたります。

 二男なのに何故「新三郎」なのかについては、長男が何故か三郎を名乗っており、長男が幼くして亡くなり、そのかわりに家督を継ぐ形となったっため、新しい三郎、新三郎となったようです。

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 本郭から、善福寺郭を見おろしました。

*他に、北条新三郎の弟「北条長順」、北条配下の清水氏、笠原氏、狩野氏が入城しました。

 駿河の一大拠点を守るため、数千の兵士が配置されたことと思われます。

 三ノ郭とその周辺を普請したのは北条氏であり、そのあたりに兵士を配置すると、三千は必要と思われるからです。

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 本郭の南側には、転落防止用の策が設けられています。普通の人はここを越えてはいけません。しかし、土の城マニアはここを越えなければなりません。

 何故なら、ニノ郭から、本郭へ至る小口が、この柵の下に残存しているからです。

*武田信玄は、1569年、9月大軍を率いて今度は関東に乱入し、滝山城を落城寸前まで追い込みます。

 10月1日には、北条氏の本拠である小田原城を囲み、10月6日には、三増峠の戦いで北条軍を撃破します。

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 このイメージ図の「南小口」があるんです。

*領国を蹂躙された北条氏は危機感を強めます。

 上野、武蔵、相模、駿河と4ヶ国に及ぶ、武田との国境・・・
 
 駿河にだけ兵を集中しているわけにはいけない・・・

 駿河の北条勢は、上野、武蔵、相模へと配置換えになったのでした。

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 南小口の下の小塁に、土塁が盛られている写真です。

 現在、ニノ郭から直接本郭へ至る道が開通していますが、往時は、この小塁の下の道を西から東へグルリとまわって、南小口に至り、本郭へ通ずる道があったようです。

*配置換えの結果、蒲原城の守兵は、僅か千にまで減らされてしまったのでした。

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 一旦、本郭に戻り、西側を眺めると、由比城(矢印の先)が見て取れました。

 信玄の陽動作戦へ続く・・・

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